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2007年3月21日 (水)

アメリカ西海岸旅行記 23

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その2)
アルカトラズ島
ケーブルカーを終点で降りた時点で予約したアルカトラズ島(※1)へのフェリー出発15分前(確か)、海岸沿いの通りに出てダッシュ。お店の並ぶアーケードを抜けると目的の埠頭、ピア41(※2)が見えてきた…と思ったら歩道の段差にひっかかって空中ダイブから右半身を下向きにダイナミックこけてしまった。幸い右手甲を少しすりむいただけだったが流血。ポケットに入れていた懐中時計もガラス面は傷つかずに済んだ。裏蓋は傷物になったが。しかし恥ずかしさに浸る状況ではなく、すぐさま復帰して走ってぎりぎりセーフ。間に合えばいいのだ。
07239:30発のフェリーは程なく出発。デッキに出て離れ行くサンフランシスコの街と近づくアルカトラズ島を写していたが、周りに小さな虫が沢山飛んでいて環境悪し。途中で切り上げてトイレへ行き、傷口の血を洗い流した。竹島桟橋とお台場くらいしか離れてなさそうな(※3)アルカトラズ島には15分ほどで到着。
フェリーを下りたところでツアー客全員に全般説明(よくわからなかった)が行われた後、オーディオツアーの人は坂を登って刑務所本館へ(というのはわかった)。島の一番高いところにある元刑務所に入り口で機器を受け取り内部へ。音声メニューに日本語もあるので理解しやすい。いきなり最初に「ブロードウェー」とよばれる牢屋地帯へ。一直線の狭い廊下の両サイドと縦3層に牢屋が並ぶ様は映画で見たのと全く同じに思った。ここが使われていたのかも。牢屋に隣接した食堂も映画で見たような空間だった。ガイドに言われるままに独房を見たり実際に牢屋に入ったりの施設見学、ここに収監された大物のや脱走劇などいくつかのエピソードを聞きながら館内を右往左往しながら歩き回り終了。45分といったところであろうか。映画という刷り込みがあるとはいえ「本物を見た」という実感と日本語ガイドにより、けっこうおもいしろかった。
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刑務所外に出てその周囲の島内にある勤務者と家族のための施設や発電所、受刑者の就労施設などの廃墟を見て歩く。桟橋に戻ると次のフェリーがさらに多くのツアー客を運んできていた。その折り返しのフェリーに乗り11:30頃本土に戻った。
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※1:サンフランシスコ湾内にある小さな島で、1934年から1963年まで29年間の間、連邦政府刑務所が置かれた。見学する際はツアーに申し込む必要がある。
※2:自分の行った直後(2006/9/25)に業者が変更になり、現在はピア33発着
※3:「歩き方」によると3km

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2007年3月17日 (土)

最後の授業

久しぶりにスポーツクラブへ。正確には土曜日に行くのが久しぶりだったのですが、偶然よく声をかけてくれていたインストラクターさんが「卒業」する日でした。彼が毎週土曜に指導していたプログラム「ABC(※1)」に参加していたのですが、私が年末から足の裏にできたイボ治療のため土曜にこられなくなり(※2)、彼も年明けからプログラムの担当を外れ、お互い久しぶりの顔合わせが別れの日となったのでした。寂しさはあるけど、間に合って最後の「ABC」に参加でき、本当に良かったです。
今日は英会話でもいつもの先生がお休みで、今月退任する大変お世話になった先生による「代講」授業となりました。先生の授業も1年ぶり。去年学習した内容でもあるので、それなりに準備して行ったつもりだったけど・・、あまり成長していない自分に、帰り道自転車をこぎながらちょっと自己嫌悪になってしまう。せっかく、おそらくは自分にとっての「最後の授業」の機会をもらったのだけど。まあ勉強が嫌いで英語が苦手な自分がここまで続けられたのも先生のおかげ。自己嫌悪をしつつ努力しないのが私の悪いところなのですが、もう少し頑張って続けていこうと思います。
最後の授業」といえば、現在はフランスに属するアルザス・ロレーヌ地方が戦争によりドイツ領となる前日、国語(フランス語)の先生が黒板に「フランス万歳!」と書いて去っていく物語ですが、私の世代では教科書に載っていたため共通の話題になるのですが、どうも最近は掲載されていないようですね(※3)。確かに今考えると戦争や思想の色が少々強く出ているので問題になったのかなと推測されますが、単純に先生が最後の授業を通じて生徒に語りかけるその情景が、多感な時期(いつだ)の自分に共感というかちょっとした感動をあたえたのか、不思議に印象に残っています。ちょっと惜しいですね。
※1:自転車をこいで有酸素運動しつつ、ダンベルとチューブを使って上半身の筋肉を鍛えるプログラム。
※2:液体窒素で低温やけどをさせる治療なので、治療当日と翌日は腫れがあって運動は厳しい。
※3:会社の女性(30歳)は知らなかった。wikipediaによると1985年以降採用されていないとのこと。。

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2007年3月 4日 (日)

アメリカ西海岸旅行記 22

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その1)
ケーブルカー
7時頃起床。日記を書き8:30に出発。ケーブルカー乗り場へ行くと、すでにターンテーブルを取り囲むように乗車待ちの列になっていて、チケット売り場で1日券(※1)を購入して列に加わったが、結局1本目のパウエルーハイド線、2本目のパウエルーメイソン線と乗車できず、3本目のハイド線に乗車(※2)。はからずも一番前の展望席でラッキーではあるが、出発が結局8:50となり、終点までの所要時間25分とすると、9:30発を予約したアルカトラズ島行きフェリーがぎりぎりになったうえ、朝食抜きも決定(※3)。
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ケーブルカーは出発時からステップの立ち客が出るほどの満員なので、途中の停留所で待つ乗客はもちろん拾えず進む。前方に展開する風景を見ていると、シアトルも坂の街だったが、海岸から高台に向けて単純な上りだったのと比べ、サンフランシスコはあらゆる場所でアップダウンが激しく、頻繁にあり、なるほどケーブルカーがほしいよなと実感。またチャイナタウンのあたりでは停留所が漢字表記であったり、上下線が分かれて細い道に入ったり、変化に富んでいて退屈しない。ケーブルカーというと山の上と下を結び、中間地点で行き違うものしか知らない自分にとって、道路の上を走り、行き先が複数あって、停留所で自由に停車してと、どういう仕組みだか本当に不思議に思う。細い道を抜け、ハイドストリートに入りロシアンヒルを越えたら前方に海が見えてきて、イメージ通りの(※4)サンフランシスコ的景色だなと、シャッターを切る。ほどなく終点に到着した。
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※1:この券でSan Francisco Municipal Railway(略称:muni)運営のケーブルカー、バス、メトロが1日乗り放題。バートを除くほとんどの市内交通に乗れる。が、この券で地下鉄の自動改札をどう通ったらいいのか、わからず(ただの紙ぺらだった)じまいだった。
※2:地図を見てフェリー乗り場のフィッシャーマンズワーフに行くにはどちらの線の終点からでも同じくらいの距離に見えたので、乗れた方でいいやと思っていた。
※3:フェリー乗り場でチケットを購入後に、パンでも買って食えばいいやと思っていた。
※4:日本に帰還後、サンフランシスコのケーブルカーのイメージのかなりの部分が、カラオケで外国語の歌の時に流れる映像であることに気づいた。

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2007年3月 1日 (木)

3月の壁紙

Cal
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日頃は片手で足る程度のアクセスの当ブログですが、アクセス解析によると、その多くが検索サイトから「壁紙」というキーワードを打ってやってくるようです。2月などは天下のY様で「2月 壁紙」で検索すると最初のページに出てくる状態になぜかなっていて、3日ほど両手両足くらいのアクセスが続きびっくりしました(※1)。果たして3月はどうなるでしょう。
さて、そんなもらえるはずのないバレンタインに心ときめかすのに似た、根拠のない興奮の中チョイスする3月の壁紙ですが、先月取り上げたベルギーの次に行ったニュージーランドからミルフォードサウンド(※2)での1枚です。実はニュージーランドのいくつかの候補の中からこれともう一つ別の場所の写真で迷い、結局2種類作って会社のパソコンに表示させてから決めました。家のiMacは解像度が1680×1050の横ワイド型なので、サイドがカットされるPCでの表示イメージが実感としてつかめないのです。この写真はフィヨルドらしい入り江の奥行きがないのが今イチではあるのですが、雪山から川への流れがいい感じでお気に入りのものです。

※1:有頂天になって、本館に久しぶりに手を入れ、カレンダ部分を除去した過去の「今月の壁紙」を見たりできるよう、「旅の壁紙」コーナーを作ってしまいました。
※2:ミルフォード・サウンド(サウンドは入り江の意味)はニュージーランド南島南西部に広がるフィヨルドランド国立公園で最もポピュラーな観光地です。多分ニュージーランド南島を訪れるツアーでここによらないものはないはず。氷河によって周囲の山々が1000m以上にわたり垂直に近い角度で削り取られ、細長い入り江の両サイドに落ち込んでいくという、壮大な眺めが展開されます。
また、フィヨルドランド国立公園はその氷河に浸食されてできた複雑な地形と、それ故に手つかずで残った森や湖がおりなす風景のすばらしさと希少価値から、世界遺産にも登録されています。

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