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2007年6月25日 (月)

向こう側の人

今朝、自宅最寄りの地下鉄駅の入り口で、参院選に立候補を決めた元タレントさんの1人が立ってあいさつしていました。あまりに近くに普通にいたので、一瞬呆気にとられた感じに。なんというか、この間までブラウン管の向こう側にいた赤の他人なんだけど、知り合いに会ったかのような錯覚。テレビでも政治でも遠い世界のはずなのに、不思議です。
そういえば昔(10年以上前)同じようなことがあったのを思いだしました。あれは確か八ヶ岳の喫茶店。食事が終わり、お店の物販スペースに行こうと通路を歩いていた時、「柳生博」さんとすれちがいました。ハンターチャンスの人です。そこで私のとった行動が変なのですが、思わず会釈をしてしまいました。そう、まるで知り合いにあったかのように。一瞬の間をおいて自分の間抜けさに気づき、友人ともども笑ってしまいました。そのときすでに柳生さんはお店を後にしていましたが、同じように笑っていたかもしれません。柳生さんもそのときは会釈を返してくれましたんですよ。いい人でした。
本当は昨日ラグビーの国際試合を見に行って、観戦後に居酒屋で飲んでたら、日本ラグビー協会の人と代表監督に遭遇した・・という話とからめようとしたのですが、柳生さんのことを思い出してしまいました。もういいか。

ところで「ブラウン管の向こう側」って、もはや死語なのだろうか。「液晶の向こう側」とか「プラズマの向こう側」っていうのかなあ。あっ「画面の向こう側」かな。まあこれもいいか。

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2007年6月22日 (金)

イタリア旅行準備:ビデオ学習

百聞は一見にしかず。ではないですが、先週から我が家にあるイタリア旅行のビデオ2本を見ました。ひとつは2000年に母と妹が旅行したときのもの。もうひとつは今年のGW明けに父と叔父が旅行したときのものです。ただ見るだけでは芸がないので、映像をパソコンに取り込み、ガイドブックとにらめっこしながら都市名、場所名を入れて編集、DVD化してみました。けっこう勉強になりましたよ。
で、わかったこととしては、何より観光客の多さ。2つとも団体旅行であることを差し引いても、自分が今まで観光したどの国よりも観光客が多いような感じ。そりゃ近年行ったところでは、ウィーンとかサンフランシスコとか観光客が多くいるところもあったけど、ビデオの中のイタリアはどこも混んでいる。しかも11月、5月とさほど頻繁期ではないと思われるのに、これでは。私の行く9月はどうなるのでしょう。宿とか不安。
観光地では2つとも私が候補に入れてない都市で、アッシジに寄っていますね。フィレンツェとローマの間にあるので都合がいいのでしょうか。街の雰囲気も良さげでした。あとやはり青の洞窟を見にカプリ島へ行っています。が、母の方ではカプリ島からの遊覧船が欠航でした。う〜ん、まあ微妙ですね。
自分が先日あげたルートでは団体旅行とあまり変わらない。まあ1人で身軽なので各都市では密度の高い内容にできるのですが。一人旅ならではの街に行くことも考えてみるか。でも小さな街では英語とか通じないんだろうなぁ。また考えます。

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2007年6月19日 (火)

ペルー旅行記 02

2006年1月3日 火曜日  (1日目 移動日)
成田→ロサンゼルス→リマ
本日は移動のみの日。正月休み最後の成田空港は相当な混雑で、団体カウンターを探すのにまごついたが、無事に手続き終了。添乗員さんからチケットを渡されると、席はすでに決まっているということで、その後1人でカウンターへ行き荷物のみ預ける。2時間前集合だったので余裕があり、スタバでコーヒーを購入して展望デッキで時間つぶし。出国手続きも混雑していた。キャリアは全日空。16:45に搭乗、17:05出発。機内満席。
今回は初のアメリカ行きで、乗り継ぎ付きで、双方とも10時間フライト。どう時差ボケを防ぐか考えた(※1)が、結局なるようにしかならんということで、映画は2本消化。途中、上下動を伴う大揺れが何回かあり、2回目の食事後のお茶サービスは中止。映画以外の暇つぶしは父の友人が著したペルー紀行本(※2)を読む。著者謹呈ものを父から借りてきたのだが、表紙が少し破れてしまい、申し訳なし。睡眠も珍しくとった。1回目の食事でビールとワインを飲んだせいか、ちょっとやられてしまった。3時間くらいだろうか。そんなこんなでロサンゼルス現地9:45到着。時差17時間。
機体は離れに到着し、バスで運ばれ本丸へ。この時点でツアー人数が判明したが、9名だった。想像よりかなり少ない。よく成立したものだ。添乗員さんの予告通り入国審査でものすごく並ぶ。待つだけで1時間近かったのでは。ようやく順番になり、教えられたとおり、左手・右手の人差し指の指紋を採られたが、顔写真はその間撮られたらしく、「カメラの方を向け」だの「眼鏡を外せ」だの言われなかった。しかし係の人の英語はとても速く、声も小さいので聞き取れず。いつまでたってもまだまだです。ツアーメンバーの1人の方が過去パキスタンへ行ったというだけで、えらいとがめられたらしく、空港日本人スタッフがやってきたりして結構難儀なことになっていた。荷物を受け取り、乗り継ぎカウンターで再度預けて、上の階に登り、カウンターでチェックイン。もう搭乗30分前。出国審査に並ぶと、かなりの貴金属を引っかけており、入国も出国も大変な厳しさ。私は大丈夫でした。これでゲート前でもはや10分前。バスに乗って離れから搭乗。ロス空港は敷地は広そうだが、建物はあまり大きくない印象。それにしても3時間もの待ち時間、なにをして暇をつぶすか考えていたのに、全く時間の余裕ないことにショック。ニューヨークで5時間の待ち合わせがあるのだが、街に出るのは無理だとあきらめる。
ペルー経由でチリまで行くランチリ航空は満席ではなく、席を少し移動してゆっくりする。機内サービスのヘッドホンだか機械だかの調子が悪く、ステレオの片方の音量が小さい。よさげなラテン音楽だったが、バランスが悪くてストレスがたまるので途中でやめた。食事は最初がチキンソテー+クリームソース? 2回目はホットサンド・チーズ付き。シンプルでまあまあだけど、飲み物サービスが回数少ないのが残念。いずれも食事後は疲労と満腹で爆睡してしまう。4時間近くか夢も見ず。残りは本を読んで過ごす。紀行本は半分まで来た。12:30出発が少し遅れたので、到着も23:55から翌24:15に。25分遅れ。
ここでまた入国審査に並ぶが、並んだ場所で流れが異なる。列に2つあるカウンターの両方に審査官がいたり、そうかと思えば1人になったり。複数の列では当然先入れ先出しにならず、いらつく。自分は流れを見て速そうな所へ行ったつもりだったが、子供連れや体の不自由な方の優先レーンが隣にあり、カウンターを共有する関係で途中から遅くなった。それは仕方ないのだが、混雑を見た空港がカウンターを分けた後も優先レーンの人が我らの列のカウンターに割り込むようになり、ものすごく感じ悪し。結局なんだかんだで、ここでも入国に1時間ほどかかり、ようやく現地ツアー会社のガイドさんと合流。ミニバスというかバンで市内へ。すでに夜中2時だが、街はそこそこ明かりがあり、人もパラパラいる。ガイドさんによるとこれでも少ないとのことで、木曜の夜はもっとすごいらしい。広場ではクリスマスネオンが飾られていたが、イースター?までそのままらしい。残念ながら写す機会なし。程なくホテル「シェラトン リマ ホテル&リゾート」到着。たいそう立派でカジノもついているし、日本のNHKも映るらしい。さすがツアー。説明を受けて部屋に入るともう3:00。風呂を入れて汗を流し、ベッドインした。
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※1:ヨーロッパへ行くときは、機内で映画を見まくって一睡もせず、夕方に現地ホテル着いたら夜7時頃から寝てしまう。2日目ぐらいで解消する(若いときはこれで翌朝治っていた)。
※2:杉野圀明著「マチュピチュ晴嵐」(文理閣) 父の大学の同級で大学教授をされてる方です。

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2007年6月17日 (日)

ペルー旅行記 01

前説
仕事の関係で夏休みをとりそこねたまま迎えた2006年下半期。課長に呼び出されて新年度より異動の話しがあることを伝えられました。この時点ではどの部署に行くかわからなかったので、今までのように1週間まとまった休みなどとれなくなるかもしれない・・。ということで夏休みをきちんと消化すべく、夏休みを逃した場合恒例の南半球(※1)へと考え、どこへ行くか迷っていたところ、両親に送られてくる阪急交通社の旅行冊子に「ペルー」の文字が。しかも正月明けは1人割り増しを割り引き(なんのこっちゃ)するということで、決断しました。10年勤続の休暇義務(連続3日)&補助金(少し)があったことも後押しになりました。
結局異動は現実のものとなりましたが、次の部署も今まで通りまとまった休みを許可してくれるところで、この趣味も続けられることとなりました。

ところで、このペルー旅行は私にとって初の団体旅行でした。今までは個人旅行だったのである意味新鮮な経験。メンバーは添乗員さん入れて10人の小所帯、のわりに年代は20代から60台(もしかしたら70台)までまんべんなくいたのはおもしろかったですね。楽しい旅ができた、いいツアーでした。

※1:夏休み取り損ねたのはこのとき入れて3回。過去2回はオーストラリアとニュージーランドに行きました。

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2007年6月10日 (日)

イタリア旅行準備:どこいくか1回目

前回購入したガイドブックを通勤途上などでのろのろ読んだ結果、行きたいところや押さえるべき所を結びつつ、ざっくりしたルートを作成しました。

ミラノ→ヴェローナ→ヴェネツィア→ボローニャ→フィレンツェ→シエナ→ピサ→ナポリ→ポンペイ→ローマ

…何日休みとるつもりだ。う〜ん、とはいえこれでもいくつか外してるんですよ。抜いた中ではアルベロベッロに特に興味があるのですが、場所が少し離れていて厳しい。サン・ジミニャーノはシエナに近く、行けるのですがとりあえず優先順位を下げました。妹からはサン・マリノも勧められたけど夏は大渋滞でバスが到着しないらしい。
ということで「トーマスクック時刻表」もそろそろ発売されるので買って移動時間を調べるのと、妹が旅行したときの「地球の歩き方(2000〜2001版)」を引っ張り出してきて読んでみることにします。候補が増えるだけのような予感もしますが。

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2007年6月 2日 (土)

6月の壁紙

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6月1日は会社が創立記念日でお休みでした。今時こんなことする会社はめずらしいですかね。派遣さんや会社を辞めた人は、うちの会社のキャラクターを一言「のんびりしている」と皮肉と賞賛?を混ぜ込めて表現します。まあ言い得て妙です。ということで6月の壁紙を制作しましたが、まだ会社のデスクトップを飾っていません。先月に引き続き古い写真なので、画質が心配なんですが。まあ自分が楽しむだけだからいいか。
前置きが長くなっりましたが、6月の壁紙として選択したのは、1999年に行ったノルウェーからリーセフィヨルドの風景です。なぜ行ったかというと、大学受験を地理選択で戦ってきたものとしては、フィヨルド(※1)は一度は見ておくべきと考えたのです。ということでノルウェーに存在する4大フィヨルド(※2)のうち、3つをこの旅行で鑑賞しました。リーセフィヨルドは最後に訪れたのですが、ここで有名なのはプレーケストーレン(Prekestolen)と呼ばれる海抜600mの断崖。写真はここに登ってとったリーセフィヨルドの風景です。
0409ここに行く際は別にロッククライムするわけではなく、普通の山道を1時間半歩くだけなのですが、自分が行ったとき(9月)は、麓の街から登山口までのバスが季節運行終了後。10kmあるからとタクシーを勧められたのですが、まあ田舎の風景を見ながらのろのろ歩くのも良かろうと、言葉に自信がないのが最大の理由であることをごまかして進むと、登山口まで1時間半。喉が渇いて登山口のロッジでジュースを買おうとしたがここも営業終了。プレーケストーレンへの登山往復まではそれでも大丈夫だったのですが、街への帰り道のアスファルトがきつく感じもうふらふら。途中にあったキャンプ場らしきところに入ると、売店があってようやくジュース(営業終了前の最後の1本)をゲット。多少復活したものの、結局下り道なのに行きと同じ1時間半かかり、麓の街のスーパーでさらにジュース購入、がぶ飲みしました。まあそんなわけで、ものすごく思い出に残っているところです。

※1:ノルウェー語で、内陸部へ長く、狭く切れ込んだ入り江という意味。氷河時代に氷の重みで削られた谷に、海水が入り込んだために形成された。
※2:リーセフィヨルド、ハダンゲンフィヨルド、ソグネフィヨルド、ガイランゲルフィヨルド。最も有名で日本のツアーなんかもよく行くのは、全長200Kmにおよぶノルウェー最大のソグネフィヨルド。自分はハダンゲンフィヨルドには行っていない。

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