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2007年7月29日 (日)

ペルー旅行記 07

2006年1月5日 木曜日 曇り  (3日目 クスコ その2)
クスコ市街
郊外の遺跡観光を終え、ツアーバスは市街地に降りて、まずはサントドミンゴ教会(※1)へ。教会よりもコリカンチャという太陽の神殿の遺構を見るのが目的。太陽の神殿は土台を残し壊され、その上にカトリックの教会を建立したのだが、内部にはインカ時代の神殿のうち月の神殿の一部が残り、びったりと組まれた石や、台形の形をした入り口、窓、建造物そのものを見る。「台形」はインカ文明の特徴とのこと。
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次はカテドラル(※2)へ。結構広い教会で、十字の形をした内部にいくつかの祭壇がある。メインの祭壇は銀300トンが使われているそうで、巨大。いくつもある宗教画は現地の人が書いたものも多く、バランスが今イチだったり、最後の晩餐のメインディッシュが地元の食材(クイというネズミ)だったり。まあ、いいかげん。合唱隊の座る椅子に裸の女性が彫られているに至っては、宗教的に大丈夫なのかと心配になる。
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カテドラル見学の途中から自由行動だったので、見学終了後はカテドラル前のアルマス広場(※3)を少し歩いたり、周囲の写真を撮ったり。メンバーの中には少し歩いて「12画の石(※4)」を見に行った人も。クスコ見学はこれにて終了で、バスでホテルに戻る。
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18:30ホテルで夕食。昼食が13:30だったので、さらに残す人続出。私はほぼ完食したが(※5)。途中からアルパを弾く父と歌う息子がやってきて、稚拙な演奏で陰鬱な気分になる。昼間のアンデス音楽のバンドはちゃんとしたものだったのだが・・。懸念された高山病は薬(※6)の効果か大丈夫なようだ。空港に着いたときふわふわしたので心配だったが。ただメンバーの1人若い男性が腹痛で夕食欠席。医者を呼んだとのこと。

※1〜4は「地球の歩き方 ペルー 06〜07年版」から引用
※1:インカ時代のコリカンチャと呼ばれる太陽の神殿があり、スペイン人が黄金などを略奪後に建物を破壊、チュリゲスト様式の教会を建てた。その後クスコに大地震があった際、教会は崩れ落ちたが、インカ時代の土台の石組みはひずみ一つ起こさなかったというのは有名な話。
※2:インカ時代のピラコチャ神殿跡に、1550年から100年の歳月をかけて完成。
※3:リマにも同名の広場があるが、スペイン式の街作りはこの「アルマス広場」からはじまるとのこと。
※4:接合剤も使わず精巧に積み上げられたインカ時代からの礎石の中に、あえて4角でなく12画で切り出して組み合わせているものがあるのだそうな。
※5:以後ほぼこの調子。
※6:ダイヤモックスという眼圧を下げる効果がある緑内障の薬を、母がかかっている医者に「息子がペルーに旅行に行くので」と相談して処方してもらった。今インターネットで調べたら「医師の処方薬で、脳血流量を増やしたり呼吸中枢を刺激したりして、頭痛などの高山病の症状を軽くします。」ともあった。

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2007年7月26日 (木)

ペルー旅行記 06

2006年1月5日 木曜日 曇り  (3日目 クスコ その1)
クスコ郊外の遺跡
時差ボケがひどく、就寝時には猛烈に眠いのに夜中は熟睡はできない。結局モーニングコール前に起床。7時頃食事。集合まで日記を書く。8時空港へ出発。飛行機のチェックインをすると、11時出発まで余裕もあり、ショッピングタイム。私は帰国時に利用する空港でもあるので、買い物はせずお店のチェック。
再集合すると、様子が少しおかしい。現地ガイドさんによるとクスコ便は前2本が悪天候で1便キャンセルと1便出発待ちになり、自分たちの今度の便は出発は確定しているものの遅れるとのこと。とりあえず出発ゲートへ。結果、出発は遅れたが無事フライト。そして定刻にクスコ到着。出発待ちの1便とほぼ続行運転になったようだ(※1)。アンデス音楽(?)の生演奏が出迎えてくれたクスコ空港は標高3399メートル。少しぼーっとするというか、体が浮く感じというか、正常な体調ではないのは確か。外に出ると雲が厚いところがあり、水たまりができていたので、激しく雨が降った模様。まあ雨期なので。
リマより少し大きいミニバスに乗り、まずホテルにチェックイン。割と新しいきれいな部屋。ここで昼食をとるが、ほとんどのメンバーがあまり箸(じゃないけど)が進まない。私はなんとか完食。食事中アンデスバンドが演奏を繰り広げ、最後に自分たちのCDを販売した。メンバーで購入した人も。
午後のクスコ観光は雨が心配とのことで予定より早めに出発。まずは郊外にある遺跡、サクサイワマン(※2)へ。市街を抜け、坂を上り続けて到着すると、それは広い丘の上に広場と斜面に沿って3層の巨石がジグザグにくまれていた。奥に行けば行くほど巨大な石が使われているということで、その巨石の前へ行き自分と対比で写してもらった。駐車場では香草を手に握って売る子供や、リャマと民族衣装を着た女性(記念写真用・有料)、物売りの人が。香草を購入した人が分けてくれたが、部位が悪かったのか強烈なアンモニア臭がしてダメでした(※3)。
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続いてクスコの街を一望できるポイントに立ち寄った後、プカ・プカラの遺跡を通ってタンボ・マチャイへ。ここでも織物を売る現地人の露天を抜けてから見学。インカの沐浴場とのことで、水がどこから来るのか(※5)、常に流れてきているそうな。水にさわるが、高地でもあるし冷たいのかと思っていたら常温でした。
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※1:「歩き方」によると、クスコ空港は有視界飛行のため各地の出発時間は午前中に限られ、天候によりキャンセルや遅れも多いとのこと。
※2:「歩き方」によると、3層の巨石が22回のジグザグを描きながら360メートルにわたって続く、堅固な要塞跡。たかさ5メートル、約360トンもの巨石が使われているところもあるとのこと。
※3:リャマの排泄物のにおいらしい。他のをかがせてもらったら、ちゃんと香草のにおいでした。
※4:「歩き方」によると、水がどこから来るのか調査しようと、いろんな川や行けに色素を流したもののわからずじまいのよう。サイフォンの原理を利用して、遠くから運んでるというのが有力説らしい。

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2007年7月23日 (月)

ケータイ変えました

正確には携帯でなく、PHS(ウィルコム)ですが。以下マニアックな話しになるので、あまり読まなくて良いです。
えっと購入したのは、「Advanced/W-ZERO3[es]」。19日発売だったのですが、先月末の予約開始日の行列を目のあたりにし、いきなり品切れになっては困ると考え、1日に予約、この21日に受け取りました。結局21日時点で品切れにはなってませんでしたが。
とはいえ売り上げ絶好調につき、アドレス帳移行は別途申し込みか自分でといわれ、お持ち帰り後移行にチャレンジしてみたのですが、これが携帯ユーザーには信じられないと思いますが、なかなか一筋縄ではいきません。まず赤外線通信が前の機種にありません。ではパソコンなどにデータを取り込んで、となりますが私の自宅はマックなので、ウィンドウズで動いている新しい機種がつながりません(というかまだつなぎ方がわからない)。移行に便利なソフトもない。そもそも携帯専用OSとウィンドウズOSのアドレスが同じフォーマットなわけない・・のかな?(そこまで詳しくない)。
ということで前の機種と新機種のマニュアルをとっかえひっかえ読んで思いついた方法が、会社のパソコンを使って移行することでした。といっても「携快電話」といったソフトはないので、マイクロソフトオフィスに強制的についてくる、メールとスケジュール等の統合ソフト「Microsoft Outlook」を介してやりました。まず前の機種とOutlookを同期するソフト「Intellisync」をインストール、アドレスとスケジュールをOutlookに取り込みます。そして「Intellisync」をアンインストールし、次に新しい機種とOutlookの同期をするソフト「ActiveSync」をインストール。新機種とパソコンを接続して同期をとらせると、晴れてアドレスと直近のスケジュールが移行できたのでした。とまあ文章だと少し長い程度ですが、実際はいくつかトラブルが起こったりしてすんなりとはいきませんでした。トータル2時間ちょっとでしょうか。
まだ続きます。まあ苦労はしましたが、新マシンにかける期待は大きいです。フルキーボード搭載なので、メールなどの文字入力がやりやすくなるのが一番ですが、無線LANを搭載しているので、最近ホテルの標準装備になりつつある無線LANサービスにつないで、旅先などでインターネットもできるのがうれしい。もちろん海外でも。OSがWindowsなので「Microsoft Word」や「Excel」も搭載。海外旅行で日記書いたり、計画立てたりできます。いやもう何で予約したかって、今度の海外旅行に絶対に間に合わせるためといって過言ではありません。英和・和英・国語辞典もあるし。
ということで旅行に行くまでに、分厚いマニュアルを読んで使いこなせるようにしなくては。いやうれしくて長文になってしまいました。ここまで読む人はいないだろうな。まあブログなんて自己満足だ。読んでもらうために書いてるわけでなし。とはいえ読んだ人、独り言へのおつきあいお疲れ様でした。

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2007年7月16日 (月)

イタリア旅行準備:情報収集?

台風も過ぎ去ったので、本日は初めて表参道ヒルズに繰り出してみました。別に買い物が目的ではなく、ここで海外旅行関連のイベントが行われたため、情報収集+アルファを求めて足を運んだのです。会場にはヨーロッパとアジア・オセアニアの政府観光局と旅行会社などのブースがあり、とりあえずイタリアのブースへ行き、パンフレット数枚と一つ質問をしてきました。というかそれ以上質問できる流れにならなかった。まあ最低限の目的達成で、会場を出て終了。
・・いや、それだけのために交通費をかけ、原宿の人混みにいらつきつつ、このきらびやかな表参道ヒルズにやってたのではないはず。とトイレで気づきました。なんかホームページの告知では「ワインなどの試飲」とか「豪華賞品の当たる抽選会」とか「民族舞踊ショー」とかあったような。ということで会場に戻りましたが、舞台はあったものの時間が悪いのかイベントはやっておらず。ワインの試飲など見あたらない。抽選会は旅行会社がアンケートと引き替えに旅行券のあたるスピードくじはあったけど。行かないところに無駄にパンフレットをもらっても仕方ないので、結局退散。
出る間際、「マリアナ政府観光局」という所があったので、こんな国あったっけと話しを聞いてみました。サイパンを中心としたアメリカ管轄の自治領(という感じだろうか)のことで、海のきれいさを誇らしげに語ってくれました。妹夫婦がダイビングをやるので、帰ってパンフレットを渡したらよろこんでました。よかったよかった。
とはいえ、ヒルズから出た帰りは交通費を払う気になれなかったので、定期のある新宿まで歩きました。せこい。これでは表参道ヒルズに買い物に行くことなど未来永劫ないでしょう。

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2007年7月11日 (水)

ペルー旅行記 05

2006年1月4日 水曜日 曇り  (2日目 リマ その3)
新市街
バスは旧市街の端っこにあるホテル前を再び通って新市街へ。にぎやかな繁華街を抜けて閑静な住宅街の中に入っていくと、テロの記憶も新しい旧日本領事館に到着。扉に銃弾の跡が残り、痛々しい。後で少し離れたところにある新しい日本領事館を車中から見ると、塀や門が表現できないものものしさだった。全般的に新市街は庭付きの広い家も多いが、強盗よけのために塀が高くなったり、高圧電線があるところも多く、色々と感じざるを得ない。ガイドさん曰く、ペルーの失業率は40%にものぼり、今日のようにデモも頻発。交差点には停車したドライバー目当ての物売りが必ずいるし、その多くで子供も働かされている。スリ、ひったくりの類は捕まっても罪にならないとか・・
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バスは海岸沿いの繁華街、ミラ・フローレス地区へ。「恋人たちの公園」で下車して男女が抱き合う像を横目に海を眺める。浜辺は砂でなく、崖から崩れた小石だらけ。夏休みで日光浴の人は多いが、泳ぐ人はなし。海は鉛色というか、あまりきれいでない。サーファーはウェットスーツ必須。というのもこの付近の海は寒流が走っており、リマがあまり暑くならないのはこのおかげらしい。そして夏前は蒸発した水分が雨になりきらず、霧となって上空を覆うとのこと。今日の天気はまさにそれで上空は真っ白。
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再度バスに乗って同地区のショッピングセンター「ラルコ・マル」へ行き、食事。カジュアルレストラン風の店で、この海で捕れるカタクチイワシをえさにしたチキンソテーを食す。シンプルな味付けなのにおいしいのは素材の良さか。だが量も多く残す人続出。それよりもここで供された2種類の飲み物、トウモロコシのジュース「チチャモラーダ(※1)」と食前の蒸留酒「ピスコ・サワー(※2)」。チチャモラーダはまあまあの味だったが、ピスコ・サワーはアルコールがきつく、昼から飲むものじゃなかった。ツアーでこの酒のファンになった人もいたようだが。
食事が終わり、続いて黄金博物館へ。1Fは狩猟の趣味から収集した武器の博物館。地下に金を中心としたインカの文化財を収集した展示。結構な量で、どのような装飾、器具に使われたかがわかった。その他、衣服やミイラなどがあり、意外と良かった。敷地内のおみやげ店が充実で、皆吸い寄せられていた。と、これにて本日のコース終了。ホテルに戻った。
7時にホテルにてバイキングの夕食。「インカコーラ(※3)」を試すが、トレッカ・メロンソーダのような味。しかも気抜け気味の。部屋に戻ると時差ボケ未解消で猛烈な睡魔。本も読めない。何とか風呂に入り、洗濯をして、10時過ぎに就寝。

※1:紫トウモロコシをシナモンとグローブで煮て濾し、レモンを加えたもの。
※2:ブドウの蒸留酒であるピスコの卵白とレモンを加えてシェイクした飲み物。小さなグラスで供される。
※3:ペルーの国民的ソフトドリンク。黄色くて甘い。コーラじゃない。つづりも「KOLA」

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2007年7月10日 (火)

ペルー旅行記 04

2006年1月4日 水曜日 曇り  (2日目 リマ その2)
旧市街(セントロ)
散歩から戻って10時。部屋で日記を書いて過ごして11時にロビーへ。集合30分前だが、総勢9名なので程なく集まってしまう。ということで11:20、ミニバスに乗ってツアー出発。先ほど散歩したサンマルティン広場を一周して旧市街の中心、アルマス広場に到着。17世紀に造られた噴水はクリスマスデコレーション中で水はナシ。周囲は雰囲気のある建物が多い。大統領府もこの一角にあり、正午の衛兵交代式を前に、観光客を中心に賑やか。ところがガイドさんが様子がおかしいと調査すると、デモが発生していて、こちらに向かっているがための警戒態勢。交代式は中止になってしまった。残念。
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広場周辺は駐車禁止ということでバスは時間までやってこないため、急遽自由行動に。ある人は広場をゆっくり一周する馬車に乗りに行ったが、私は別の一角にあるペルー最古の歴史を持つカテドラルの見学に。拝観料10ソルということで、4ドルとられる(※1)。大きな教会だが、特に凝った装飾もなくシンプル。見学時間が短時間だったこともあり正直4ドルは高かった。ガイドブックでは5ソルだったのだが、倍になっていたのもマイナス印象。これならショッピングモールのラ・ウニオン通りへ行けば良かった。若夫婦が行ったということで、おもしろかったと報告していたのでなおさら。
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広場でバスを待つ間、ひっきりなしに子供たちが小物を売ろうと近づいてくる。バックで大人が控えているとのこと。この後あらゆる場所で観光客相手に露天で物を売る人たちを見ていくのだが、もともと道中で買い物するのがおっくうなこともあり、基本的に余計な感情を持たないようにした。自分は逃げの方向だったけど、ツアーの人には彼らに積極的に声をかけたり何か買ったりする人もいた。いらないものは断っていたし、値切ってもいたし。
正午バスは出発し、デモかもともとかで渋滞する狭い道をのろのろ進みつつ、旧市街に散在する古い教会(サント・ドミンゴ教会、サン・フランシスコ教会)や、出窓の見事な役所(トーレ・ダグレ宮殿)を車中から見学し、ホテルの方へ引き返し、新市街へと向かった。

※1:現地通貨は「ソル」という単位。当時1ドル=2〜3ソル(失念)。ただし、基本的に現地での精算はドルで行われ、ほとんどソルを使う場面はなかった。

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2007年7月 9日 (月)

蚊にやられてます

最近、寝ているときに蚊に食われ、痒さで夜中起きてしまうことが続いています。必ず複数箇所やられていて、今日は4カ所です。そしてどうしてだか寝ているときにしか攻めてきません。昨日というか今日というか一日中家にいたのですが、まったく姿形もみせず、やられもせず。前後の寝ているときにまんまと一杯食わされるのです。いや食っているの向こうで一杯以上ですが。
寝ていられないので、起きて患部にムヒを塗りインターネットを見て、を繰り返しかゆみが収まるのを待ちます。だいたい30分でしょうか。しかしこの30分がなめたものではなく、途中で眠りが分断されるため、起きる時間の変えられない平日の場合は、結構朝以降の生活に影響します。今日も・・あぁ。
今回、怒りにまかせてムヒ塗りながらブログりました。痒さと起き抜けかつ眼鏡なしで、文章が支離滅裂とは思いますが、悩みが書けてちょっとスッキリしたのでよしとします。痒みも収まってきました。明日は薬局にでも寄り道して、何か対策を物色します。ではおやすみなさい。

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2007年7月 8日 (日)

イタリア旅行準備:イベント注意報

ユーロがおもしろいように値上がりしていて、この旅行にいくらかかるのかどきどきです。
さて、ビデオ学習でイタリアのあまりの観光客の多さに恐れをなした私は、先週仕事から帰った後、とりあえず航空券確保ということでイタリアへの直行便のあるJALのホームページへ。最初は大昔に寄った(※1)ことのあるミラノに入り、ローマから帰ろうと考え検索したところ、まだ十分に空席あり。とはいうもののとりあえず予約だけしておきました。
続いて本日、いつも通り何も用事のない週末を有効活用すべく、ホテル調査に着手。調査と言ってもガイドブックに載っているホテルのホームページを見ていくだけですが。まずはミラノからいくつか見ていったのですが、なんか自分が行く9月の最初の週末が妙に高い。次に行くであろうヴェネツィアも同様。8月の方が安いくらい。おかしいと思って調べてみると(※2)、ミラノではF1が、ヴェネツィアでは映画祭がそれぞれ週末まで開催の模様。ついてない。
であれば初日はローマから入るかと航空券を再検索。が、往復ローマ発着だと値段が5千円上昇、帰りをミラノにすると午後早くに出る便(※3)しかない。これらは残席数も少なく、しかも予約時点では余裕の○印だった私が予約した便も△印に。精算期限までもあと数日。どうする自分。

※1:前も書いたかもしれませんが、10年以上前の1994年、初海外旅行先のスイスから行程の関係で半日ほどミラノに滞在しました。
※2:調査のためにイタリア政府観光局のサイトに行きましたが、2006年のイベント情報しかなかった。
※3:出発曜日の関係でアリタリア航空とのコードシェア便となりミラノ15:15→成田10:05(翌日)。JALだとミラノ21:40→成田16:45(翌日)。

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2007年7月 5日 (木)

ペルー旅行記 03

2006年1月4日 水曜日 曇り  (2日目 リマ その1)
リマで散歩
飛行機で寝過ぎたか、初めての南米に興奮しているのか、あまり眠れず6:30に目が覚めた。しばらくベッドでごろごろしてから、テレビを見たり、日記を書いたり、荷物整理して、8時頃朝食へ。エレベーターで同じツアーのおじさん2人(※1)と一緒になる。聞けば早くも散歩に行くとのこと。朝食はさすがツアーかつシェラトンということで高級(?)で、普段の自分の旅行で泊まる宿では絶対に見ない日本食(朝がゆ)もある。いつもの癖(※2)で、パンを5個食すが、小ぶりだったので特に多いということはなかった。スクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージなど定番をクリアした後、ペルー料理ゾーンへ。鶏肉をイモで包んだもの、内臓加工系、豚ゼラチン系、牛肉玉葱炒め、麺入りスープを食す。スープが良かった。他はまあ・・、という感じ。
部屋に戻り、朝の散歩計画をする。ホテルに近いサンマルティン広場へ行くことにして、9時頃出発。ホテル前の広い通りは朝のラッシュか交通量がすさまじい。しかも古い車や整備状態の悪い車が多いので、排気ガスがひどく、体に悪い。道行く車はどれも隙あらば前を抜くという姿勢なので、お互いのクラクションが絶えない。信号も少なく、警官が要所で交通整理をしていた。バスもたくさん走っていたが、日本製のマイクロバス改造や韓国の中古、アメリカのスクールバス中古など、色々なタイプがあり、はっきり言ってどれに乗ればいいか一見者にはわからない。後でガイドさんに聞いてみると、車内の環境や雰囲気的におすすめはできない(というか乗れたものではない)とのこと。路線数は統計がないが、市内で2千台以上登録されているらしい。事業者も乱立しているのでは・・と思う。
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ともかく多くの人、車が行き交う中、サンマルティン広場への道を歩く。歩くが、どうも様子がおかしい。というか道路が地図と違いすぎるので、さすがに間違いの予感がして一旦引き返す。ホテル近くに戻ってようやく逆方向に行くという単純ミスに気づき、改めて出発。旧市街への小道へ。先ほどの間違いの大通りと違い、交通量は少ない。狭い歩道を淡々と歩いて10分ほどで広場に到着。ペルー独立の「父」サンマルティン将軍の像が建つ長方形の広場は、ヨーロッパ風の建物に囲まれているが、かつてあった主要機能は新市街へ移転しているということで、人は少なかった。写真を撮ってホテルに戻った。
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※1:60代&70代のご兄弟。上の方は過去パキスタンへ行ったためにアメリカ入国審査でひっかかった人。ちなみにその他のメンバーは、50代のご夫婦、50代&30代の母娘、20代の新婚さん、30代(か40くらい)のツアコンさん(すべて年代は私の推測)、30代の独身男(=私)。少ない割にはバラエティに富んだメンバーでした。
※2:旅行に出ると朝ホテルでたらふく食べて、昼ご飯を食べない戦術をとる。
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(おまけ写真)ホテル前には交通渋滞の道路を挟んでグラウ広場という公園があり、さらに渋滞道路を挟んで立派な最高裁判所があります

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2007年7月 1日 (日)

7月の壁紙

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7月になりました。1年の折り返し点であり、夏の始まりであり。9月の旅行に向け気分も盛り上がるというものです。おそらくは。旅行が9月ということは、壁紙的にはそこまで新ネタはないわけで。まだ壁紙にしていない過去の旅行先は3カ国。今年の旅行までは3ヶ月。なんだか丁度いいので、5月から続く画質の悪い20世紀の旅写真の壁紙を開き直って続けることにします。
ということで今回は1997年に訪れたドイツから、あまりにも有名なノイシュバンシュタイン城です。内部の見学はガイドツアー方式で(※1)、入り口に言語別に5カ国の国旗があったので、日本のツアー団体さんの後ろについて日本国旗の列に並んだのですが、人数が少なくて成立せず。結局英語ツアーに団体さんともども合流、添乗員さんの好意で私も混ぜてもらい、日本語解説付きの恩恵にあずかりました。ということはおぼえていますが、どんな内装だったか、豪華さ、絢爛さなどはおぼえていません。そこで日記の出番。それによると、「豪華なだけでなく、当時の最新技術も取り入れ、集中暖房や自動回転グリルなどもあったことにびっくり。」だそうです。写真の風景は見学終了後、少し歩いたところにあるマリエン橋から。ノイシュバンシュタイン城の全体が写せる有名な地点です。
0327ドイツではオクトーバーフェスト(※2)にも行ってきたのですが、そこで飲んだビールは基本が1リットル。おつまみのプレッツェルがまたでかいので、記念写真を撮ったのですが、両方でかいので普通っぽくなってしまいました。それ以外でも9月末のドイツは収穫祭的なイベントが多々行われていて、夕食が屋台飯のことも数回。屋台でもお店でもおいしいご飯とおいしいビール。よかったです。街の風景もすばらしく、雰囲気もいい。都市間の移動も鉄道が便利。見所の多い国土の南部分しか巡ってないこともあり(ベルリンも行ってません)、またいつか訪れたいと思っています。

※1:もしかしたら現在は日本語のオーディオガイドがあるかも
※2:ミュンヘンで毎年行われる世界最大(多分)のビール祭り

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