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2007年8月30日 (木)

イタリア旅行準備:ホテル予約

どうやらイタリアのホテルは基本的には8月がロウシーズン、9月がハイシーズンとなるようです。しかも一時より安くなったもののまだまだ高いユーロということで、日本円で1万円以下の宿を見つけるのは、まあ無理でした。本日(8/29)現在のレートで1万円が約63ユーロです。2つ星でも東横イン以上。これは厳しい。
初日のミラノは飛行機到着が18時過ぎでもあり、F1の開催があって値段はハイシーズン以上であっても初日安心の一泊を確保するべく、ガイドブック片手にホームページ巡り。結果、90ユーロで確保。1つ星ですが、清潔でおすすめとのこと。まずは一安心。
しばらくして最終日のローマを押さえようと、まずはガイドブックで目星をつけた(※)数件にアタックしたのですが、空きがあったものの最安値が130ユーロ。約2万円です。3つ星です。困ったあげく、JALのサイトからホテル予約ができるのを思い出し、ダメ元でトライすると、1万5千〜7千円のものがちらほらと。通常なら却下ですが、このユーロ高の中致し方なし、マイルもたまるし、日本円で決済できるしと予約しました。1万7千円は約107ユーロ。でこのホテルのホームページに行くと4つ星のBestWesternチェーン。直接予約をした場合は200ユーロ。今年に関してはこちらの方が値段的にもいけてるのでは・・ということで、この方法でジェノヴァ、シエナ、ナポリと1万円前後で押さえました。フィレンツェだけは直接予約の70ユーロの方が安かったのでこちらにしました。
今回のホテル代、ユーロ高の中でのヨーロッパ旅行なので、覚悟はしてましたがやはり厳しい。こうなると最近の日本で安くて設備の整ったビジネスホテルが沢山できているのが、すばらしいことだなあと感じてしまいます。今回の旅行代、計算するのがこわいです。

※:私のホテルの選択は、1.1人部屋(ドミトリーは苦手だし、もはやそんな歳ではない)、2.駅に近い(リュックなので)、3.あまり高くない、4.ある程度設備が整っている(なのでガイドブックやホームページの情報を重視)、といった嗜好です。1.以外は妥協せざるを得ないことも多いですが。

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2007年8月22日 (水)

イタリア旅行準備:どこいくか2回目

ミラノの宿を無事に確保できたので、これまで漠然と考えていた計画を、まじめに形にしてみようと思う。
1日目:東京→ミラノ (ミラノ泊)
2日目:ミラノ観光 (ジェノヴァorミラノ泊)
3日目:午前・チンクエテッレ観光 午後・ピサ観光 (フィレンツェ泊)
4日目:フィレンツェ観光 (フィレンツェ泊)
5日目:ヴェネツィア観光 (車中泊)
6日目:アルベロベッロ観光 (ナポリ泊)
7日目:ポンペイ観光 (ローマ泊)
8日目:ローマ観光 (ローマ泊)
9日目:ローマ観光 (機中泊)
・・これでは誰もついてきませんね。いやいくら1人だからって、ちょっとどうかなという行脚ぶりです。まあ私、美術館に行くつもりがないですからねぇ。人はもったいないと言うけれど、僕に絵を見せるのはまさに豚に真珠です。絵を見て歩く時間があるなら、街を歩きたい人です。なので昼食も抜きますし。
1回目と違うのは、チンクエテッレを入れたことでしょうか。チンクエテッレは海岸沿いの古いイタリアの村の風情を残した場所で、山の迫る入り江にある、5つの小さな集落の総称で、世界遺産です。もっともこれは映画祭をやっていてホテル代の高いヴェネチアを3日目に行かないために考えたという側面もあります。でもツアーではあまり行かないようだし、個人旅行チックでいいのではないでしょうか。
そしてやっぱりアルベロベッロを入れてみました。ただ見学2時間に対し行程が長すぎるのはやはりネックです。あとはシエナを抜いていますが、ここは何とか行けないものかと。もう少し考えなくては。
最終日のローマは2日間にしました。ローマは1日にしてならずです。街の規模、見所の多さから1日では無理そうなのと、日曜日はヴァチカンなど観光制限がありそうなので、そういうのは土曜日に・・と考えたからです。が、宿泊費が高いのがネックです。今空きが確認できているのは130ユーロ。ここも8月より9月が高いようです。

・・と先週に下書きをしてそのままでした。1週間たってもう少し状況がすすんでいますが、文章が倍くらいになりそうなので、とりあえずここで一旦切っておきます。今週末か来週早々、宿がすべて決まると思います。というか決めなくては。

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2007年8月13日 (月)

ペルー旅行記 10

2006年1月6日 金曜日 晴れ  (4日目 マチュピチュ その3)
アグエス・カリエンテス
遺跡見学を終え、バスに乗って山を下る。つづらおりの山道を下るバスに対し、斜面を一直線に下って近道をしながら何度もバスに向かって「GoodBye」を言い続けるグッバイボーイに遭遇。最下点でバスに乗り込んだ彼に、自分としては珍しく、ソルの小銭をあげた。まあ肉体労働だし。ただ行きはバスに乗せてもらっていたし(※1)、帰りも最下点で乗せたり、なんかしらの組織だった仕組みになっているのだな…とも思う。私もひねくれた性格ですね。
昼食は軽いバイキング。そして急な坂を登ってアグエス・カリエンテス駅へ。15:30の帰りの列車発車まで1時間以上あるので、自由行動となった。駅前の土産物露天を物色したり、駅にとどまって休憩したりのメンバーと別れ、私は1人町の奥にある温泉へ。おみやげ市場を抜け、レストラン兼おみやげ屋が並ぶ街中の坂をえっちら登ると、どん詰まりに入り口が。10ソル払って川沿いの道を更に上ると、ちょっと古くさいタイル張りのミニプール群に到着。着替えてフロントに1ソル払って荷物を預け、いざ。階段付近に子供がいるので直接はいると…深い。日本の風呂を想像していたが、皆立って入っていたのだ。下は砂利。しばらくつかっていたが、基本的にぬるい。他にも4つくらいあったが、更にぬるく、雨も大粒で降っているので10分くらいで退散した。
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0311帰りの列車はどこかで列車の編成ごと方向転換していて、同じ席だがサイドが逆に。土手ばかりで少々つまらない。メンバーの方もほとんど船をこいでいた。そんな退屈を打ち破るためか、車両スタッフがお面をつけて踊ったり、アルパカのセーターを着てのファッションショー&販売など、車窓以外で楽しんだりして過ごす。
0309行きと逆なので登り続けた列車のエンジンが静かになってクスコに戻ってきた頃には、周囲はすっかり暗くなり、夜景が見事…と思ったら、どうも列車スタッフに不穏な動きが。何かこの雨か何かで、駅に列車が入れないとのことで、途中の道路付近で降りるということらしい。…と状況を聞いた現地ガイドさんが我々に説明していたら、結局は復旧したということで再出発。なんなのだ。改めて夜景を見つつ駅到着。バスはわざわざ上まで迎えに行ってまた戻ってとのことでご苦労様。
夜はレストランでインカの音楽、踊りを見つつ、アルパカのステーキを食す。ちと硬いがまあまあの味…、でも皆さん残していて、完食は私だけでした。ホテルに戻り風呂に入る。マチュピチュで暑かったのでTシャツになったら、手と首が日焼けで真っ赤に(※2)。蚊にも数カ所食われていた。あまりかゆくないのが不幸中の幸い。そして高山の気圧の関係で腹にガスがたまっていたが、便も緩くなった(※3)。頭は痛くないがこれも高山病の症状の一つか。色々支障が出つつ、時差ボケ&疲れからくる睡魔と戦いつつ洗濯をして、寝た。

※1:行きのバスで一番前の席に堂々と座っていたので、運転手さんの息子か何かかと思ってました。
※2:私は日焼けに非常に弱く、ゴルフなどで屋外に長時間いるときは必ず日焼け止めを塗ります。でないと翌日以降痛くてつらいことになるんで。
※3:ツアーメンバーの多くの人がこの症状になった。私は日本に帰っても1週間くらい治らなかった。ただ今考えると、前日に腹痛で1人ダウンしてるし、リマで食べたなにかにあたったのではないかとも思う。個人的には朝食で食べた現地のフルーツなどの生食材があやしいと・・。

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2007年8月12日 (日)

ペルー旅行記 09

2006年1月6日 金曜日 晴れ  (4日目 マチュピチュ その2)
マチュピチュ
0222比較的新しい駅舎を早々に後にして、マチュピチュへの連絡バスに乗車。ピストン輸送でどんどん出るようだ。つづらおりの山道を登ること30分で遺跡入り口についに到着。
観光はまず、あまりにも有名なマチュピチュ全景を写せる展望ポイントへ。必然的に登り。2000mの高度と高齢者に配慮して、ゆっくりゆっくり進む。確かにいつもより息が切れる。そして到着したポイントはまさしくあの景色。視点を変え、もう少し登ったりしながら何枚もシャッターを切った。視界左側はるか下にウルバンバ川の蛇行が見える。そこへの急斜面を畑兼土砂崩れ防止のための石組みが段々状に結構下まで造られていた。
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再度道を下って遺跡の見学へ。門をくぐり、神殿や儀式を行う場所、一番高いところにある神聖な岩、その他様々な地位の人の住居、などなどをゆっくり歩きつつ、現地ガイドさんの説明を聞きつつ見学。その一つ一つの説明やら感想やらををここに書き留めるときりがないので、いくつか学んだこととして…、
・神殿などの高級な建物ほど精巧な石組みで造られていること、
・やはりここでも窓や建物の基本形が台形であること、
・壁の出っ張りは屋根につながるものであること、
・神殿や都市を構成するための石切場があること、
など。とにかく写真撮りまくり。遺跡だけでなく、そこで平然とリャマが草食ってたり、ウサギのような動物がひょっこり顔を出したりで、さらにシャッター切りまくり。(ということで今回のブログの写真も多いです。これでもかなりしぼっています)
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最後は太陽の神殿付近の水くみ場。急斜面を段々に水がたまり場を通りつつ落ちて流れる様は…写真が撮りにくかった。そして出口へ。見学中はずっと晴れていて暑いくらいで、列車内では長袖だったのがTシャツになっていたが、出るときに雨がぱらついてきた。タイミング的にはすごく良い。約2時間の見学時間は短いのではと思っていたが、なかなか充実していたし、内容も満足でした。
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2007年8月 7日 (火)

ペルー旅行記 08

2006年1月6日 金曜日 晴れ  (4日目 マチュピチュ その1)
クスコからマチュピチュへ
相変わらず時差ボケ継続中。昨日も睡魔に勝てず22時頃寝てしまい、夜中に何度か目を覚ましつつ4:30ベッドから出る。当然まだ夜明け前。ただしこれは眠れなかったからではなく、マチュピチュへ行く列車が6時発のための起床時間。なので5時過ぎに朝食。列車でも軽食があるので少なめにしようとコーンフレークにしたが、ミルクと間違えてヨーグルトをかけてしまった。これはこれで大丈夫だった。
5:30ホテルを出発。ホテルから線路が見えていたので(※1)、駅は近いのかと思っていたが、実際は上に5分ほど登ったところにあった。早朝だがマチュピチュを目指す観光客で駅は賑やか。ビスタドームと呼ばれる列車は6両で、自分の席はE号車進行左側の窓側。列車に暖房がないということで、車内でもジャンパーを着てて丁度いい。周囲が明るくなり始めたところで出発。まずは赤い煉瓦造りのクスコ市井の人々の家が並ぶ中を登っていく。ある程度登るとスイッチバック(※2)。割と短い間隔でスイッチバックを計4回繰り返した後はカーブを繰り返しながら高度を稼いでいった。
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約1時間で登り切り、残り2時間半は下る一方。登っている間うなり続けていたエンジンも軽い音になった。車内は窓が天井まで回り込んでいることもあり、室温が上がったので出発時に着ていた上着は脱いで長袖を腕まくり。少し長く停車する途中駅では地元のおばさんが色々売っており、現地ガイドさんが名物のゆでジャイアントコーンを購入し、ふるまってくれた。一粒が通常のトウモロコシの何倍も大きいのだが、味は大味で今ひとつというより正直まずい(※3)。そのイマイチさを予測していたのか、ツアーメンバーのおじいさんが持参した炊飯器を使ってホテルで赤飯を炊いたと、おにぎりを振る舞ってくれる。おいしかったが、炊飯器を持ってくるとはびっくり。
終盤、列車は渓谷に入って行き、線路沿いに併走するアマゾンに注ぐウルバンバ川のものすごい勢いの濁流を車窓から魅せつつ進む。変化に富んだ車窓とマチュピチュへの興奮も手伝い、退屈することのない列車の旅の終点、アグエスカリエンテスには9:40に到着した。
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※1:ホテル近くの線路は明日向かうプーノ方面のもののようだ。
※2:高度を稼ぐために、ジグザグ状に線路を設置して斜面を登って行く方法。スイッチバックの地点では進行方向が変わる。うまく説明できないのでウィキペディアを参照してください。
※3:どうやら季節ものらしく、GWに行った妹の話だとその時期に旬で、私が言うほどまずくなかったとのこと。

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2007年8月 1日 (水)

8月の壁紙

Cal
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8月です。学生は夏休みに入り、通勤が幾分楽になりました。私の夏休みまでもあと1ヶ月です。仕事で落ち込んだりすることもあるけれど、私は平気です。今度の旅行があるから。
さて、勝手に続けている「20世紀画質悪い壁紙シリーズ」ですが、今回はなんと1994年8月に旅行したスイスでの1枚からマッターホルンです。当時大学生で、マクドナルドのバイトと幼少時代からの貯金(主にお年玉)をはたき、初めての海外旅行に行ったのでした。1人で。たくさんの失敗や恥をかきながら、でも新鮮な体験の連続だった20日間は、自分の旅の中でも一番の印象に残っています。
といいつつも写真の顛末を語るのに日記でふりかえるのですが、それによると「1駅下りハイキング。程なく逆さマッターホルンの池(リッフェルゼー)についたが、相変わらず角隠し。角隠しマッターホルンを見つつ下り続ける。」とまあ、なんともそっけない。角隠しとは、マッターホルンの特徴的な頂上付近のとんがりが、雲によって隠れていることを、勝手に表現したもの。で、この写真の実際は、リッフェルゼーに到着してから近くの斜面に座ってしばしたたずみ、風が収まって湖面の波が収まるタイミングで撮したもので、おそらく15分ほどは滞在していると思います。まあでもその程度でこの写真が撮れたのはラッキーな方でしょう。多分。数年後に両親が団体旅行で訪れた際は6月であるにもかかわらず、季節外れの雪が降り、ここで写真を撮れるような状況になかったとのこと。
あと蛇足ですが(このブログ自体、蛇足のみで構成されてますが)、この風景は小学校の卒業アルバムの表紙でも描いたことでも思い出深いですね。この卒業アルバム、自分が描いた絵が自分のアルバムの表紙になったんですよ。なぜこの風景を選んだかは・・忘れました。どこからみつけたんでしょう。

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