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2007年11月26日 (月)

イタリア旅行記 10

2007年9月10日 月曜日 晴れ一時雨 (3日目 ジェノヴァ→ピサ→シエナ その4)
シエナ街歩き
Siena12_0421宿で一息ついた後、ダメもとでまずはドゥオモ(※1)を目指す。歴史地区のメインストリートは古い建物をきれいに整備したブランドショップなどもあり、ピサやジェノヴァより洗練されてしまっている感じ。観光客も多いなどと思いつつ歴史地区の道を10分ほどだろうか縦断するとドゥオモに到着。するとラッキーなことにまだ開いており、19時までの模様。10分ちょっとであったがせっかくの機会、美術館との共通券6ユーロを支払って入場。隣接する美術館の見学は無理だが、まあ仕方なし。白が印象的な外観とは対照的に、内部は暗めで重厚な雰囲気。白と黒の縞模様の柱、壁や天井を飾る絵や装飾がとても多く、当時の栄華を感じさせる。そして何より他になく印象的なのが床の模様。模様にとどまらず絵になっているものもあり、その床の多くを飾っていた。わずかな見学時間の間、視線を上に下にと内容の濃い鑑賞となった。
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ドゥオモを見れた満足にひたりつつ来た道を戻る。ドゥオモ近くの道では駐輪場に荷台にマクドナルドの広告(矢印と店までの距離などが書いてある)を載せた小さな三輪トラックが放置され、景観規制を避けるための手段なのかと、アイデアに奇妙な感心(※2)。まあそんなひねた視点はおいておいて、素直に街の風景は雰囲気があり、両側に建物の迫る狭い坂道、歴史とこだわりを感じる店の様子など、デジカメでスナップしつつ歩いた。
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坂を下ってカンポ広場(※3)へ。こちらも人が多い。広場に面して建つブッブリコ宮(※4)ともども写真に収める。くぼんだ扇状の特徴ある広場は地面に座ってくつろいでる人も多い。ガイドブックによると「世界一美しいといわれている」とのことだが、よく見るとたばこの吸い殻などゴミも多く、とても座る気にはなれない。マクロの美しさもミクロで評価減。ブッブリコ宮は歴史地区を一望できる塔があるのだが、こちらはさすがに時間切れでした。まあドゥオモが見れたからいいのだ。ということで本日の観光は終了。
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飯をと思いガイドブックを見るが、高いものしかなく今イチ。ドゥオモからカンポ広場に戻る途中にあった屋外バーベキュー会場みたいなところが気になり、戻ってみたが未だ準備中。表示がなにもないので内輪なイベントなのだろうか。結局面倒なのでカンポ広場をとりかこむ店群で暮れ行く景色を見つつ食事ということにする。この手の店は場所代と観光設定で割高なのは重々承知だが。で比較的カジュアルそうなピッツェリアへ。ピッツェリアとはいえイタリアで初めてのレストランの食事。作法もわからないのでガイドに書いてあるところの前菜とセコンドピアットという構成を意識して注文。前菜はカリカリのパンとトマト・チーズの重ねたもの、メインでミートローフを食す。前菜、メインともども量が多く、それほどうまくもないので苦戦。ビールは朝食以来の飲まず食わずによる喉の乾きに前菜で飲み終わってしまった。落ち着いて周囲を見るとピザだけ食べている人も多く、ピッツェリアにいったらピザを食えということだと学習した。料金も32ユーロ。ホント痛い勉強代ですな。何やってんだか。
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食事の間に日も沈み、気分も軽く沈みながらいったん宿に戻り、しばし佇んでから、気をとり直して夜景をとるために三脚を持って街にでる。ドゥオモとカンポ広場で三脚を使用して撮影。ドゥオモは意外にも閑散としており、スムーズに撮影できた。
途中、例のバーベキュー場を通ると大盛況になっており、結局何のイベントだかはわからなかったが、おいしそうでうらやましい。あと道ばたに並んで座ってノートパソコンをいじっている若者が何人かいて不思議に思っていたが、帰るとき彼らの座っているところの正面が高級ホテル前であることに気づく。おそらくホテルの無線LANがもれているのだなと合点が行った。
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※1:12〜14世紀末の長い歳月をかけて建設された。ロマネスク、ゴシック様式の傑作と評されるとのこと。
※2:このあとフィレンツェなどでも発見。10月の壁紙の説明でも触れたとおり。写真に撮れば良かった。
※3:シエナの中心にある貝殻型に広がった美しい広場。周囲にはブッブリコ宮をはじめ中世の建物が並び、世界で最も美しいといわれる広場。
※4:13〜14世紀に建築されたゴシック様式の宮殿。現在は市立美術館。建物の左側に高さ102mのマンジャの塔がそびえる。

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2007年11月25日 (日)

イタリア旅行記 09

2007年9月10日 月曜日 晴れ一時雨 (3日目 ジェノヴァ→ピサ→シエナ その3)
ピサからシエナへ
Siena02_d047ドゥオモ広場を列車発車30分前に出たものの、街の写真を撮りながら歩いたせいか結構ぎりぎりに駅到着。あせりつつも今度は切符にきちんと刻印をしてからホームへ行ったが、目当ての列車(フィレンツェ行き普通列車)はまだ到着しておらず、そのまま定刻になってもやってこない。ホームが違うのかなと不安になり始めた頃それらしき列車が到着。が時刻は過ぎているし、車両に行き先の表示もないので、今イチ不安。他の旅行者も不安なのか本当にフィレンツェ行きか周囲に確認している人もいた。ともかく乗り込んだものの、今度は発車する気配ない。ますますこの列車でいいのか不安になってくる。車両もやや古く、クーラーがないのか暑い。結局10分以上の遅れでスタートとなった。海岸寄りから内陸に入っていくのだが、沿線は平坦な地形で、田舎と思いきや意外と工場が多い。そのせいか、少しでも涼をとるために全開にした窓から、時折ゴムかアスファルトが変な燃え方をしているようななんともいえぬ悪臭が車内に入ってきて辟易する。そんなこんなでシエナ方面乗り換えのEmpoli駅には遅れを取り戻せぬまま到着となった。
Siena03_d048シエナ行きは待っていてくれているといいのだがと駅の電光掲示を見ると、こちらはさらに20分の遅れ。イタリアの鉄道は遅れるとは聞いていたが、3日目にして遭遇。しかも遅れはさらにひどくなり、定刻で30分後の次の列車(※1)が先に到着してしまうかもしれない・・ところまできてようやく列車がやってきたのでした。で列車に乗り込むと、向かいにはピサからの次の列車が定刻でやってきたところ。その到着と同時に発車。ピサで一本遅らせてこの列車に乗っていたらちょっとパニクったかも。遅れのせいか列車の行き違いのため途中駅で待合い停車が多く、約1時間の道程中に3~4本とすれ違った。車窓は先ほどとは変わって緑の多い丘陵状。ただそれよりも雲行きが怪しいのが気になっていたら、途中から道路が濡れていて、そして実際にスコールが降ってきた。その状態のままシエナ到着。よりによって駅舎から一番遠い唯一の屋根なしホームに到着。これも遅れのせいか。跨線橋がないので、雨の中をみな駆け足で線路を渡り駅舎へと向かったのでした。
Siena04_d049時刻は17時(確か)。シエナの歴史地区(※2)は駅から少し離れているところ。外は引き続きけっこうしっかりした雨。そしてドゥオモの内部見学が18時まで(※3)ということで、歴史地区にある宿付近までバスを使おうとバス停前に待機。ところが今度はバスが来ず。やって来るのは別方面のバスばかりで、そのどれも皆大量の乗客を乗せているところから推理するに、突然の大雨で乗客が押し寄せたために遅れているらしい。で駅で待ちぼうけする事30分。ようやくやってきた歴紫地区方面行きの小さなバスはすでに満員で乗車できず。この時点でもはやドゥオモには間に合わないし、雨も大分弱まったので、結局歩くことにする。帰宅ラッシュか道路はやや混雑。信号のないロータリーの横断歩道で、適度にスピードを出した車が微妙にとぎれないので、大リュック&傘の身には渡るのも一苦労。丘の上の旧市街をめざし上り坂をのろのろ上る。10分ちょっとで旧市街入り口の城壁に到着。宿(※4)はそこから更に坂を上って5分ほどのところにあった。無事チェックイン。

※1:予定の列車はフィレンツェからの直通列車で、次の列車がEmpoli駅折り返しの列車だった。
※2:中世の皇帝派の都市として栄え、13〜14世紀の最盛期に建てられたゴシック建築の公共の建物が多く残されている。トスカーナの覇権をフィレンツェと争ったが、ペストの大流行で衰退した。1995年に世界遺産登録。
※3:と思っていた。ガイドにもそう書いてあったし。結局は19時までやっていた。
※4:Piccolo Hotel Il Palio。二つ星。日本からオクトパストラベル経由で予約した。

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2007年11月20日 (火)

イタリア旅行記 08

2007年9月10日 月曜日 晴れ一時雨 (3日目 ジェノヴァ→ピサ→シエナ その2)
ピサ
ピサ駅の窓口も並んでいるので、自動券売機でシエナまでの切符購入。券売機の画面に時刻も出たので14時54分か15時25分に乗ることにする。荷物は預けずに持って歩くことにした。斜塔で有名なドゥオモ広場(※1)へはガイドブックではバスに乗ると書いてあったが、とりあえず街の様子も見たいし、大荷物で迷惑なので歩いて広場へ向かう。これだけの観光都市でありながら駅からの町並みは意外にもあまり派手さはなく、むしろ少しさびれた印象。広いアルノ川を橋で渡り、狭い歩道を観光客とすれ違いつつ追い抜きつつ行く。広場直前はレストランが並び、続いて城壁をくぐると忽然と白い建物群が現れ、それまでの赤や茶系統の街の色とのギャップに少しびっくりする。早速右から左からカメラを構えた。
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お目当ての斜塔(※2)は想像以上に傾いていて、倒れている方向から見るといっそうひどく感じる。見ると途中の階から角度を変えて建てているのが明らかで、建設中から傾きはじめたということもわかった。改修は終わったと書いてあったが、沈んでいる方向の地面では土壌改良などの工事を継続中のようだった。
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その奥にチケットセンターを発見したので行ってみると、斜塔のツアーは15時40分以降なら空いているようだった。まさか空きがあるとは思っていなかった(※3)ので一瞬心が動いたが、シエナの見学時間が無くなるので断念した。歴史地区の他の施設の入場券もここで買うことが判明したが、チケットの種類が多すぎて迷う(※4)。検討の結果、カテドラルのみ見学の1枚とカテドラル以外の2施設見学チケット1枚と、2種類のチケットを買おうとカウンターに出向いた。が、せこく見学したいものだけをと複雑な構成にしたこともあり、うまく伝わらない。であきらめてオールマイティな5施設見学(カテドラル含む3施設+博物館+美術館)チケットに切り替えたが、前に2種類と伝えたつもりなのが2人と解釈されていて、さらに再発行依頼。チケット売りのおばさんにあきれられた。ピサでもジャポネーゼに対する悪い印象を植え付けてしまいました。ごめんなさい。
気を取り直してドゥオモ(※5)へ。壁は白とグレーが中心の明るめな感じ。きらびやかな祭壇付近よりも、高い天井にびっしりと金色の格子状の装飾が施されているのが印象に残った。
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続いて洗礼堂(※6)へ。円形ドーム状の内部は音響のよい構造ということで、時々係りが歌を披露してくれるらしいが、残念ながらめぐりあえなかった。全体的にはカテドラルと対照的に装飾のほとんどないシンプルな内装。壁際に階段で上に登りドーム状の屋根を間近に見たり、窓からカテドラルを撮ったりした。
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次はカンポサント(※7)へ。建物自体はもちろんだが、通路や壁に展示された、棺や装飾などの遺構?が見所であるようだ。展示を見ながら回廊を一周して出た。
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次はドゥオモ博物館ということで、一眼カメラは必要なしとリュックにしまってダイヤル式キーをロック・・した際に誤って番号を変更してしまった。まずいと思って元の番号にあわせてロック解除を試みるが、やはりだめ。この中に列車の切符も宿のバウチャーも入っているので、なんとしてもここであけなくてはと、洗礼堂の裏に腰掛けてゼロから番号合わせを始める。幸い建物群の周囲の芝生広場でのんびりと寝ころんだりして時間を過ごす人が多いので、私が座り込んで顔面蒼白になりながら鍵の解除作業という怪しい行為をしていても目立つことは、多分ない。やり方もシンプルかつ原始的にゼロから一つ一つ数字をあげていくやり方。3桁で良かった。500を越えて999からやれば良かったなどと思うこともなく作業を続け、692でついにゴール。ほっとした。「ロック荷」とはよくできてるではないかと、語呂合わせなどして何考えてるんだか。お後もよろしくないわ。時計を見れば博物館・美術館をあきらめれば列車に間に合うということで、そそくさと歴史地区を後にした。

※1:1987年登録の世界遺産。洗礼堂・大聖堂(ドゥオモ)・鐘楼(斜塔)・墓所回廊(カンポサイト)が建ち、その均衡美から「奇跡の広場」とも言われる。
※2:高さ55メートルの大理石でできた斜塔。12世紀後半に着工したが、3階を工事する段階で地盤沈下が起こり、中心軸をずらしながら14世紀半ばに完成させた。北と南で70センチの差があり、南に約5度傾いている。
※3:斜塔はサイトから予約できる。何時に現地に到着するか決められなかったので予約できなかったのだと思うが、空きが無くってあきらめたような気も・・。失念。無念。
※4:サイトによると、以下の4種類。
 ・ドゥオモのみ:2ユーロ
 ・洗礼堂、カンポサイト、シノービエ美術館、ドゥオモ博物館より1カ所:5ユーロ
 ・上記4カ所より2カ所:6ユーロ
 ・上記4カ所とドゥオモの5カ所入場:10ユーロ
もっとよく読んでおけば、現地で恥をかくことはなかったなあ。
※5:12世紀の中盤に完成したピサ・ロマネスク様式の代表建築。数世紀にわたる改修で、イスラム、ビザンチンなど多様な様式が調和を見せている。
※6:12世紀から数百年かけて建設された円形の洗礼堂。
※7:中庭を囲む回廊状の建物に、見事な彫刻の大理石の棺がならぶ。おもに7〜15世紀のピサ貴族が埋葬されている。

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2007年11月19日 (月)

いかに食すか

今日は午後から外部でセミナー受講。ということで久々にお昼を外食しました。鶏肉のカシューナッツ炒めのセットを食したのですが、この主菜を箸で食べると部品一つ一つしかつまめないので非常にめんどくさい。ということに食べ始めてから気づく愚かさよ。レンゲがスープについていたのですが、主菜の皿が平らなので結局使えなさそうだしスープまだあるし。ということで、ナッツ→鳥→ネギ→ニンニクの芽と箸がひたすらつまんで口へ持って行く行為をひたすら繰り返し。みんなで行ったときなど普段は大皿から小皿に取り分けるので、つまんでもすぐ終わるし、口と皿が近いので楽なんだけど。妙案見つからぬままなんとか食べ終えたものの、少々時間も食ってしまい、セミナー会場には開始3分前に到着となりました。酢豚にするべきだったかなあ。
つまらない話しですみません。

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2007年11月18日 (日)

イタリア旅行記 07

2007年9月10日 月曜日 晴れ一時雨 (3日目 ジェノヴァ→ピサ→シエナ その1)
ジェノヴァからピサへ
さすがに早寝のせいか夜中に1回起きたが6時半頃起床。クリアになった頭で日記を書く。7時過ぎに朝食へ。パンの種類はさすが4ッ星の充実ぶりで、シリアルから始まり炭水化物を大量摂取した。のども渇いてジュースもコーヒーも2杯ずつ摂取。朝食後荷物整理して8時過ぎにチェックアウト。いったん荷物をフロントに預けて駅へ行き、朝から並んでいる窓口を横目に自動券売機で9時45分発の列車をおさえる(※1)。1本前でも間に合ったが、昨日やり残したリギ行きのケーブルカーに乗って町の展望をと思ったので。朝の通勤なのか旧市街の落ち着いた街並みを人が行き交う中、歩いて世界遺産入り口付近にある、道に埋もれた小さなケーブルカー乗り場へ。チケットは90分有効なので1枚でいいなと思い購入、8時45分発まで暫し待つ。やがてトンネルから少し古めのケーブルカーがやってきて乗車。前半は斜面の下をトンネルで抜ける。地上に出たあとはいくつかの駅に停車。山が海岸に迫っている地形とはいえ、ケーブルカーが走るような急斜面にもかかわらず住宅も沢山あり、途中の駅でも結構乗り降りがある。で乗っている途中で気づいたのだが終点までの所要時間が13分ほど、この列車の到着は9時前。折り返しは9時発。その次だと9時20分発。ホテルに荷物を預けたままなので、これでは麓に降りてからダッシュしなくては予約したピサ行きの列車に間に合わん!ということで終点到着後駅の簡易な展望台から木々にじゃまされて今イチの展望をそそくさと収めて、あたふたと折り返し列車に乗車したのでした。下山後は旧市街をスナップしながら歩き、ホテルに寄って駅に戻った。計画性のなさが裏目に出ました。
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ピサ行きの列車には無事に間に合い乗車。4人掛け向かい合わせの窓側で、しかも海側。改装されててきれいな車両だった。音楽を聴きつつ風光明媚とされる車窓に目をやる。ジェノヴァーピサ間はトーマスクックの時刻表にもヨーロッパ景勝ルートの一つとして紹介されており、トンネルは多いものの、確かに海岸沿いを走っていて海が近くいい感じ。途中は今回行くことを断念したチンクエテッレ(※2)を通る。優等列車は普通列車と別線を通るようなことを聞いていたので、特徴ある景色を見れないと残念に思っていたが、実際は並行していて停車しないだけだった。停車すればいいのに(※3)。まあ今回は車窓からほんの少しでも見られたので良しとした。チンクエテッレを離れると列車も海岸線から離れ、車窓はつまらなくなったがスピードは上がった。ところでこの列車はチケットを現地購入したので、切符を乗車前に駅で打刻機に通す必要があった(※4)のに忘れたことに途中で気づき、罰金を取られるかもと景色を堪能していながらも冷や汗をかいていたのだが、検札はあっさりクリアで事なきを得た。この列車は指定なのでこの日この列車のこの席でしか有効でないので見逃してくれたのかも。この後再度チケットを買ってローカル列車に乗るので、その前に気づいてよかった。ピサは定刻12時45分頃到着。
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※1:ほとんどの列車は事前に日本からイタリア鉄道のサイトでインターネット予約・購入しましたが、この区間は計画が決められなかったので、当日購入としました。自動販売機の使い方についてはこちらを大いに参考にさせてもらいました。というかこのページをPDFにしてケータイに取り込んでおき、当日はにらめっこしながら操作しました。
※2:1997年登録の世界遺産。チンクエ・テッレは5つの土地という意味で、この付近の切り立った崖と迫る海岸線にへばりつくように存在する5つの小さな漁村の総称。海と断崖と集落が一体となった風光明媚な景色が展開される。人々は500年以上前から工夫して家を建て、段々畑にブドウを栽培して暮らしてきたとのこと。なお現在も陸路は寸断され鉄道か船しか訪れるための交通手段が無い。
※3:ということで普通列車しかチンクエテッレの各駅に停車しないので、どうやってもここに立ち寄るというプランが組めなかったのです。どこか一つでも優等列車が止まってくれたら・・。
※4:ガイドブックやWEB上の情報では、鉄道チケットへの打刻を必ずするようにと必ず書いてある。高額な罰金もある模様。おそらくは普通列車など列車指定のないものは打刻から何時間とか1日有効といった制約があるためでしょう。しかし普通列車では一度も検札はありませんでした。イタリア鉄道公式サイトで予約・発行したチケットは打刻の必要はナシ。なのでこのサイトでは普通列車のチケットは予約のみで発行はできません。この場合の発行は駅の窓口や自動券売機となります。

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2007年11月12日 (月)

イタリア旅行記 06

2007年9月9日 日曜日 晴れ (2日目 ミラノ→ジェノヴァ その4)
ジェノヴァへ
3時過ぎになったので中央駅に地下鉄で戻る。朝より激しくなった駅のチケット窓口を横目で見つつ、荷物預かり所へ。やはりここでも今度は受け取り側が列になっていた。1人の係員が窓口で受付→精算→奥に荷物を取りに→戻って手渡しと繰り返すので、非常に効率が悪く、朝の預かりの時以上に進行が遅い。係りの兄さんも大変そう。結局10分以上並び、受け取ると列車発車15分前。ホームの案内板を見てホームに行くと列車はもう到着済み。指定の車両を探して最後部から歩いてゆくと(※1)先頭車両の一番先頭寄りのコンパートメントだった。乗り込むと先客がいて、自分の席のはずの窓側を含む一列に小さい孫2人をつれたおばあさんが座っていたので、ゆずって向かいの列の通路側へ。そんな経緯で景色は見にくいので、音楽を聴きつつガイドブックを見ながらジェノヴァでどう動くか考えた。ジェノヴァに近づくと車窓は渓谷状となっていい感じの盛り上がり。山から海岸に向かってトンネルで下って到着した駅は、ホームの向こうに覆い被さった山をくりぬいたトンネルの口がぽっかりあけているのが印象的だった。
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やはりここでも駅のチケット売場が行列しているのを見て、ホテルへ。JALのサイトから導かれたオクトパストラベルで予約した駅近くのホテルはなんと4つ星で、昨日とは雲泥の差。部屋もカードキー。本日の疲れもでて、しばし呆然と過ごす。このまま夢の世界へ突入してはまずいので、何とか気を入れて18時過ぎに観光へ出発。ホテルに近く日曜は19時までやっている王宮(※2)へ。ただ入場は25分で切るらしく最後の入場。一人見学して回る自分を、少し離れて監視員がついて回るので何とも落ち着かない感じ。途中の鏡の間という縦長のホールは装飾がきれいで印象的だったが、室内の撮影は禁止。全体的に天井の装飾や絵にこっていて、だまし絵の手法を用いたものもあったりして、これも印象に残った。最後はテラスにでると撮影許可。海も見えたが道路の高架がじゃま。王宮の隣なのに普通の家があるのか、生活感がでている所もみえてギャップがおもしろかった。
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(↑ジェノヴァの写真の多くはX線の影響を受けてしまいました)
王宮をでて世界遺産の旧市街(※3)へ向かう。ケーブルカーに乗って町の展望をすることも考えたが、日没も近いのでやめた。ともかくメインストリートと離れて旧市街に歩を進める。赤色の艶やかなロッソ宮、向かいに白の宮殿ビアンコ宮(※4)を写真に収めると、小さな広場で車道と合流。世界遺産も終了。
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ということでここら辺から夕食をどうするか考えながら歩いたが、日曜のせいか多くの店は閉じていて心なしか寂しい感じ。ジェノヴァの中心で噴水の見事なデ・フェラーリ広場に出る。裏側のサン・ロレンツォ大聖堂付近ではチーズやサラミのなどの市がたっていたが、飯になるわけでなし。結局疲れていて面倒なので、デ・フェラーリ広場で見つけたマクドナルドに向かい、マックメニューというセットを食す。Crispy McBaconというダブルチーズバーガーにベーコンを加えたものにサラダとコーラをチョイス。コーラはビッグサイズで乾いた体にすいこまれた。マックはほかの店が開いてないせいか大盛況で、店員の姉さんとかから笑顔は消えていた。ていうかあんなにスマイル0円大放出なのは日本だけなのでは。6.2ユーロはイタリアでは安いと思うが、日本円だと約1000円。ユーロ高を割り引いても日本の方が安い。ちなみにミラノで買った自動販売機のジュースも1.5ユーロなので日本円で約240円。いつも日本のジュースの値段には疑問を持っていた(※5)が、悪くないのかも。
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帰りはできたばかりという地下鉄に乗る。結構深いところを走っているが、やってきたのは路面電車のような電車。終点に渡り線がなく、やってきた線路をそのまま折り返して行った。下車したプリンチベ駅は先ほど降りた同名のイタリア鉄道駅と少し離れていて一瞬戸惑ったが、無事にホテル着。シャワーを浴び、水をきちんとためられる洗面台で洗濯をして、少し日記を書いたところで睡魔におそわれ22時過ぎでもあったので就寝した。
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※1:駅が私鉄のターミナル(東急の渋谷とか阪急の梅田とか)のような構造なので。
※2:1650年にジェノヴァの付属階級バルビ家が建造した大邸宅。19世紀にサボイア王家が所有したことからこの名前が付いていて、現在は美術館として贅を尽くした家具や装飾品の残る居間やサロンが見られる。
※3:2006年登録。美しいルネッサンスやバロック様式の館が集うジェノヴァの黄金期1500年代を象徴する通り。アメリカ大陸からの富を豪勢な宮殿や別荘、教会、芸術作品へと投資した、ジェノヴァの貴族社会が16世紀から17世紀に築いた経済的繁栄を表している。
※4:白・赤ともブリニョーレ・サーレ家の宮殿。現在は美術館。
※5:ビール業界が酒税対策で発泡酒やらその他の雑酒やら出した際、限りなくジュースの値段に近づくいていくので、税金の無いジュースってなぜこの値段なのかと疑問に思うようになった。ついでにCDの値段も昔のアナログ時代と値段が変わらないのはもっと疑問。製造原価、店頭や在庫スペースの圧縮とか値下げ要素が沢山あったと思うのは私だけでしょうか。

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2007年11月11日 (日)

イタリア旅行記 05

2007年9月9日 日曜日 晴れ (2日目 ミラノ→ジェノヴァ その3)
その他の名所と太っちょの像
ドゥオモから再度ガッレリアを通り反対側のスカラ座(※1)へ。劇場間の広場から外観を写真におさめる。そこになぜだか黒い太めの裸体像がおかれていて、その雰囲気がおもしろく、子供に大人気。気になってこちらもデジカメに収めた。
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三たびのガッレリアを引き返しサンロレッツォ・マッジョーレ教会(※2)を目指す。歩くには少し遠いのでトラムに乗りたいところだが、ドゥオモ広場前は路線が錯綜していて乗り場も路線もどれだかわからず。目的地の方向からあたりをつけて停留所へ行くと、どうやらここから3系統に乗ればいいらしいと判明。が、停留所の表示では15分後到着のように表示しているので、あきらめて歩こうとしたところでやってきた電車を見ると、その3系統。なにはともあれ乗車。最寄り停留所もわからないので景色と地図をにらめっこしつつ、5分ほどで教会を通り過ぎたところの停留所で降りた。教会前はローマ時代の円柱が出っ張っているため、トラムは単線に車は通行不可になっていた。そのローマ時代の石材を利用してたてた教会と言うだけあって、内部も円形で柱の形にも特徴があった。が、こちらもミサ中か何かをやっているようで、見学をできる雰囲気でなく、ちらっと覗いて退散した。
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教会の外観と円柱を写真に撮っているところで、次のトラムがやってきたので乗車し、ナヴィリオ地区(※3)へ。昨日夜通った時はたいそうにぎやかだったが、お昼の今は落ち着いている。割ときれいな水のグランデ運河沿いを歩きつつ、街の風景や特徴ある2つの橋を写真に収めた。
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ここで2時半過ぎ。もう少し時間に余裕があるので、地下鉄に乗って再度ドゥオモに戻る。その地下鉄をデジカメにおさえようとするが、構内が暗いのとデジカメの性能が今一つでうまくいかない。ホームの自動販売機でジュースを購入し、エスプレッソ一杯しか投入していないのどを潤した。ドゥオモに入る人の列をみつつ隣の王宮(※4)へ行くとここにも太めの黒い彫刻群が。これも子供から大人まで目を引くようで、みな写真に収めていたので、私も従う。振り返るとピラミッド型の広告があり、どうやら作者(※5)と企画の紹介のよう。これも写真に撮っておく。そんな感じだったので王宮に入らずして(入るつもりもなかったが)タイムアップとなった。
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※1:1778年に完成した世界でも有数のオペラ劇場。名前はサンタ・マリア・デッラ・スカラ教会跡地に建てられたことに由来。第二次世界大戦で焼失したが、設計図を元に復元された。
※2:教会前の広場に、4世紀末に教会を建立する際、回廊を造るために古代ローマの神殿から移築した16本の円柱が残る。現在の教会自体は16世紀に再建されたもの。
※3:かつてミラノが運河に囲まれた街であった面影を残す地区。14世紀にほとんどの運河が埋め立てられ、この地区のグランデ運河付近のみ名残が残った。毎月最終日曜日にはグランデ運河で骨董市が行われる。
※4:13世紀の貴族の館を18世紀に改修したもので、時の支配者たちの住まいとなってきた宮殿。現在は美術館やホールとして使用されている。
※5:フェルナンド・ボテロという、有名なコロンビア人の芸術家のようです。美術好きの後輩に見せたら、即答してました。

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2007年11月 4日 (日)

呼び止められた

昨日のこと。新宿ヨドバシカメラを出て、少し歩いたところ防弾チョッキを着た警察官が後ろからやってきて、呼び止められました。曰く「サミットが迫るなど要人の来日が相次ぐ中、警戒態勢を強めているので、協力して欲しい。」「ナイフなど危険物を所持していないかリュックの中を見たい。」…細かくは覚えていませんが、まあおおむねこんな感じ。私のようなどう見ても人畜無害で平和ボケ面の人間を対象にするとは。呼びかけられる前にその警官を(何でこんな所にいるんだろう)と思って見ながら角を曲がったのがいけなかったのだろうか。そもそもサミットって北海道じゃん・・などと思いを交錯させつつも、逆らっても得はしないし、その理由もないので、「はあ」と生返事してリュックを警官に手渡したのでした。
警官が「サバイバルナイフとか十徳ナイフとかってご存じですか?」などと語りつつ、何も入っていないリュックの中をさらうのを、知ってるよ…と思いつつ「はあ」と生返事しながら見つめる私。当然何もあるわけもなくチェック終了。「最近はナイフなんかで背後からリュックを切って財布などを盗る輩もいますから気をつけてください。」といいながらリュックを返されたので、わけわからんと思いつつ「はあ」と生返事しながら受け取ったのでした。
これって職務質問ってやつですよね。もちろんこんなこと初めてです。「要人警護のために」「ナイフを所持していないか」を、新宿の電気屋から出てきた薄っぺらリュックを背負って単独行動している人間に聞くのはなんか不自然な気がするのですが。最後の台詞が「スリに気をつけろ」ということで会話の流れもおかしいです。もしかしたらナイフを使った犯罪が周辺で多発しているのかもしれません。被害者による犯人像が「背が低く小太りで眼鏡かけてリュック背負った中年」とかいうものだったのでしょうか。だとしたら仕方ないか。でもこんなに人畜無害平和ボケなのになあ。

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2007年11月 1日 (木)

11月の壁紙

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重大問題発生。先日の日記でMac OS X Leopardを購入したことを書きましたが、インストールしたところ、この壁紙を作成している(というほどのものでもないが)Adobe Photoshop Elementsが動かなくなってしまいました。で、Adobeのホームページに行くと「Mac OS X Leopard対応について」というお知らせが。見ると、Photoshop Elementsは無情にも対応予定無しとの通告。私が持っているバージョン2.0は古いので致し方ないとして、現在最新のバージョン4.0まで! といってもWindows版はバージョン6.0が出ているので、Mac版もいずれ出すということなのだろうか。というか出てくれないと困ります。年賀状でも使うんで。で仕方なく現在は父が使用している前マイマシンを借り、そちらで作成しました。
さてそんな経過を経て作成した11月の壁紙ですが、引き続きイタリアからヴェネツィアの風景です。ヴェネツィアは今更説明する必要のないくらい有名な所でもちろん世界遺産。その中心サン・マルコ地区方面を、運河を隔てて対岸にある、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の鐘楼から撮影したものです。一眼レフのフィルムカメラで写したものですが、パソコンに取り込んだら、ちょっとぼやっとしていて、かつ暗め。う〜んプリントではもう少し明るかったのに。まあ壁紙画像として今ひとつな点もありますが、アングル的にはヴェネツィアの海に浮かんでいるような様、行き交う船の賑やかさが出ている点は気に入ってます。
ヴェネツィア自体の印象としては、もう人人人。いや緊張を解くためのおまじないでなく、とにかく混雑。もうほとんど渋谷・原宿です。道も狭い建物の谷間をそぞろ歩く感じ。商店が並ぶ地区は浅草仲見世かとも思う。まあ悪く書いてますが、縦横に走る運河と歴史ある建築物が絵になる風景を作り、そして意外に庶民的というか生活感がある点が、教会に代表される他都市の重厚感と違う魅力があり、と個人的に感じられたので、いや本当に来た甲斐がありました。そしてヴェネツィアに到着して駅を出たときの空と水のまぶしい青さ(水は青緑色できれいではないですが)は、おお!来た!という感じで、けっこう印象に残っています。ただ写真に撮らなかったのが悔やまれますが。

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