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2008年4月29日 (火)

イタリア旅行記 16

2007年9月12日 水曜日 晴れ (5日目 フィレンツェ→ヴェネツィア その1)
フィレンツェからヴェネツィアへ
6時起床。部屋に宿に関する情報が全くないが、朝食時間を7:30と推定して日記書き。荷造りをして朝食後すぐにチェックアウトできるようにする。昨晩の洗濯物は何と全く乾いていない。9月のヨーロッパは何回か旅行したが、こんなことは珍しい。7:30にフロント隣の部屋へ行くとちょうど朝食スタートのようで一番乗り。パンとシリアルのみだが、2〜3杯分の温かいコーヒーとミルクのポットを持ってきてくれた。袋入りのパンとラスクがあったので、夜行列車で迎える明日の朝食用にせしめた。荷物を持ってフロントに戻りチェックアウト。料金は日本で予約したところと同じ70ユーロだったが、支払いは現金のみ。領収書もくれない。情報が足りず不安だったので、もう少し明朗だといいなぁと思った。受付のおばあさんお人柄も良かったし、部屋やサービスに文句はなかったので余計に。
Barinaporiフィレンツェ駅で少し時間があったので、翌日乗車するバーリからナポリまでの切符を受け取るため(※1)、ジェノヴァ・ピサに引き続き自動発券機にトライ。今回はインターネットで精算済みの券の受け取りなので「INTERNET」を選択、そして次に予約コードを求められたところでわからなくなり、一旦退却。プリントアウトした予約の紙に予約コードを発見して再トライ、が次にさらなるコードを求められて再度退却。予約の紙をよく見ると下の方に予約コードと名字を入れると書いてあり(最初から読めgawk)、3度目の正直で無事発券できた。
券売機でもたついてしまったが、我がヴェネツィア行きユーロスター(※2)は発車10分前の時点でどのホームに入線するか表示が出ず、皆コンコースの案内板を見上げて待機している状況。これもイタリア流か結局かなり直前の発表となって大移動。ミラノと同様、終端行き止まりのホームなので前の方の車両だと移動が大変。結局定刻より遅れて出発となったのでした。さて列車はフィレンツェを出て次はボローニャなのだが、意外にも割と山がちの所を走る。ピサとフィレンツェの間のように平坦だと勝手に思っていた。ボローニャを過ぎると平坦になり、3時間でヴェネツィア・メストレ着。こちらは本土側で島にあるヴェネツィア・サンタルチア駅には橋?を渡る(リベルタ橋というらしい)。この橋の景色は、海面から余り高いところを走らないので、海をすべるような感覚。船・飛行機も近くを通っているのが見え、陸海空そろい踏みの車窓となった。
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※1:バーリからナポリまでは特急と普通を乗り継ぐ経路のため、日本からのインターネット予約では特急の座席予約と乗車券の精算しかできなかった。これは恐らく普通列車区間の切符がネットからプリントアウトしたモノでは不可であるがための措置(だと思う)。
※2:ユーロスターというと通常はドーバー海峡トンネルを走る高速列車に用いることが多く、こちらは区別のためユーロスター・イタリアと書かれることが多い。

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2008年4月27日 (日)

寝違えた

ここのところ打ち上げやらビール工場見学やらでお酒を口にする日が連続していたので、土曜日はスポーツジムへ行った。有酸素運動のステップ系マシンを中心に取り組んだのだが、汗が出るわ出るわ。sweat01
で、心地よい疲れで床についた翌朝、右の首筋から肩胛骨にかけて激痛がwobbly。一瞬昨日の運動のせいかと思ったが、足しか動かしていないので、まあ寝違えたなと判断。しかしどういう姿勢で寝たんだろう。
寝てても痛いだけなので、とりあえず起きて湿布をはった。我が家の湿布は祖母の家にあった病院処方のものなので、かなりにおいがきついのが難点。このため外出は周囲の視線がきつかったり冷やされたりしそうなので断念し、おとなしくテレビでメジャーリーグ中継なぞを見る。途中昼食をつくったり、中継終了後はパソコンでメールうったり、写真編集したり、だらだらネットサーフィンしてすごした。夕食の準備をして、今はこのブログを打っているが、正直まだ痛い。料理しているときの方が気が紛れるのか痛くなかった。それとも変に安静にしているより適度に動かした方が良いのだろうか。でWikipediaを見てみたが…、しまった思いっきり患部を揉んだり今更ストレッチしたりしてるし。治るまで2・3日って、火曜日のゴルフ練習もダメなのかなぁ。というより明日会社に湿布していくのはちょっとどうだろうかcoldsweats01。ああ、明日起きたら治っていてほしい。

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2008年4月14日 (月)

イタリア旅行記 15

2007年9月11日 火曜日 晴れ (4日目 シエナ→フィレンツェ その5)
サンタ・トリニタ教会からミケランジェロ広場
ドゥオモを離れて道を戻る。ストロッツィ宮を通り過ぎた交差点にある建物が二またに分かれた道の狭間に沿って立っているのがおもしろく写真に収める。そして先ほど時間外で中に入れなかったサンタ・トリニタ教会(※1)へ。きらびやかなドゥオモと異なり、外観も内部も暗めで落ち着いた印象を持った。
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ふたたび対岸に渡りピッティ宮へ。途中の食料品店で1.4ユーロのジュースを発見。喉が渇いていたので買ったが、おつりを10セントのところ1セントしかくれず。そのコインに一瞬違和感を感じている間に店主はそそくさと奥に引っ込んでしまった。自分も文句を言うすべ無し、言葉も知らず、しばらく自分のふがいなさに悶々とする。到着したピッティ宮(※2)は改修か一部幕に覆われていて、さらにモヤッと感を高めて写真に収めた。内部は美術館・博物館ということでパス。
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最後にミケランジェロ広場(※3)へ向かいアルノ川沿いを歩くが、さすがに疲労がきていて広場の入り口まで結構遠く感じた。さらに悪いことに広場は丘の上ということで、ぱんぱんの足を何とか動かして階段や坂を登って頂上へ行き、到着。ここでアルノ川と旧市街をセットで一望できる絵になる風景を収める。ふとピッティ宮の方を見ると城壁が山なりに万里の長城よろしくつながっていたので、こちらも写真に収めた。
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のろのろと遠く対岸になるホテルに到着すると19時過ぎ。もはやガイドブックお薦めの店まで歩く気なしで、駅の方に向かうと、お客がけっこう入っているピザ屋を宿の近くに発見。一旦通り過ぎたが、他にめぼしいところもなく、引き返して入った。ピザを食し、少しビールを飲み過ぎた。ピザは少ししょっぱいかな。
そのまま腹ごなしと酔い覚ましを兼ねて夜景撮影の散歩へ。サンタ・マリア・ノヴェッラ駅からドゥオモへ。ただあまりライトアップで建物を引き立てるという感じはなく街全体が明るいため今イチ。けっこう人通りもあって三脚建てて撮影できるような雰囲気ではない。結局ドゥオモとヴェッキオ橋で数枚撮っただけで終了となった。この散歩中は、シャッターを閉めた店の前にブランドもの?を広げる露天商が多く出没していた。白い布の上に商品を広げているのだが、警官などが通ったときにすぐに風呂敷状に商品を包んで撤収できるようになっているというのがわかった。白い風呂敷を持った仲間同士で集っていたりするし、工芸品やサングラスや品揃えも多彩で、時間や場所によって品物を買えているようだし、商品の仕入れとか売り上げの分配とか作戦の指示とか、なんか組織がからんでいるのかな…などと変な方向に思いを巡らせつつ、宿に戻った。
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※1:13〜14世紀の典型的なフィレンツェのゴシック建築教会。内部にはゴシック・ルネッサンスの彫刻や絵画が飾られている。
※2:豪商ピッティが建設し、その後家主が変わるたびに増改築を繰り返した。現在は5つの美術館と博物館が入っている。
※3:1869年につくられた。小高い丘の上にあり、街並みを一望することが出来る。

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2008年4月13日 (日)

イタリア旅行記 14

2007年9月11日 火曜日 晴れ (4日目 シエナ→フィレンツェ その4)
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ドゥオモ)
再度ドゥオモに向かってアルノ川沿いを歩く。こちらは人通りが少なく落ち着いてポンテ・ヴェッキオを撮れた。サンタ・トリニタ橋を渡ってすぐのサンタ・トリニタ教会は午後の拝観は16時からということで、とりあえず外観と周辺を写真に収め、もう少し進んでストロッツィ宮(※1)に立ち寄る。外観は狭い通りと高い建物(古い)に阻まれて撮りにくい。内部は回廊と吹き抜けになっていて、ベンチで読書などしている人もちらほら。
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共和国広場を通ってドゥオモに戻ると、最初に通ったときよりさらにひどい混雑sad。見ると団体客が大量に押し寄せているせいと判断されたので、比較的列の短いサン・ジョヴァンニ洗礼堂(※2)へ。八角形の建物を右から左へ流れに乗って進みつつ鑑賞。天井の装飾は金色が多用されていて、色と陰影の少なさもあり、どことなくオリエンタルな印象を持った。どんどん人は入ってくるし、あまり大きな建物でもないので、わりとあっさり出場となった。
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これでドゥオモの列が短くなるわけでないので、続いてジョットの鐘楼(※3)へ。例によって螺旋階段を上るが、前にいる日本からの女性グループの進みが遅く、ちょっとイライラbomb。こりゃいつになったら到着するのやらと思っていたら前方で嬌声が。ありゃ、割とあっさり到着…と思ったらまだ4分の1地点coldsweats01。しかしここで追い抜きに成功し自分のペースを取り戻す。このあと階段とフロアの3回繰り返しで頂上に到着。フィレンツェの街を一望と言いたいところだが、一方はドゥオモのクーボラに邪魔されるのでした。こんな至近にほぼ同じ目線の展望台というのもまたおもしろいですな。
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鐘楼を降りると、ここにきてようやくドゥオモ(※3)の行列もおさまり、少し並べば入場できるように。内部は意外にもシンプルな印象。壁や屋根は白く塗られ、あまり装飾は多くない。柱に至ってはコンクリートむき出しのような灰色。天井の明かり取りからの光が多く、白い天井の反射が間接照明のようで、けっこう明るい。祭壇もシンプルだが、クーボラ天井に描かれた「最後の審判」だけは、ここだけ特別であるかのようにコッテリ際だって描かれ、その存在感にけっこう引きつけられた。
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次はクーボラへ。こちらは少し長い行列ができていて日記を書きつつ待つ。10分程で入場。再び螺旋階段と格闘。ただこちらはひたすら階段を登るのではなく、一瞬平坦な通路になったり、先ほど下から眺めた「最後の審判」が描かれた天井に出て、その通路を半周したりと変化に富んでいた。でも終点まで長い。最後はほぼ梯子のような階段を上って到着。再度フィレンツェの景色を堪能した。happy02
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※1:1489年に大商人ストロッツィが子孫に残すために建てた。ルネッサンス建築を代表する宮殿で現在はイベントに使用される。
※2:11世紀に建てられた八角形の礼拝堂。北・南・東に青銅製の門扉があり、東門はミケランジェロに「天国の門」と賞賛された。また「最後の審判」や「天地創造」が描かれた天井も必見。
※3:1359年に完成した高さ84.7mのゴシック様式の鐘楼。見晴台までの階段は414段。
※4:正式にはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(花の聖母教会)というフィレンツェのシンボル。1296年に着工されたが、長い中断をはさんで1870年以降に建築再開。現在の姿になるまでに600年以上が費やされたため、各時代のエッセンスが盛り込まれている。クーボラ内部に描かれたフレスコ画「最後の審判」は必見。

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2008年4月 6日 (日)

春の買い物と散歩

実は私、リュックで会社に行っております。もう5年以上前になりますか、色々あって会社の社員食堂がなくなったために、家から弁当を持参することになったのですが、そのとき持っていたカバンに弁当箱を入れることができず、とりあえず手持ちのリュックに入れていったところ、やはりこれがラクチン。周囲からもとがめられないので、もう目指せリュック部長いや取締役か島耕作の勢い・・すみません夢見ていました。まあ要するに当面リュックをやめる気はないので、そろそろ疲れが目立ってきた現在の代替をここのところ探していて、ようやく本日、TOUGHの Nexus Collectionシリーズの1モデルを購入の運びとなりました。いままで仕事にプライベートに大活躍のJack WolfskinのDR.CYCLEさんご苦労様。第一線は退くものの今後もよろしく。
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で本日は健康診断も近いこともあり?アメ横でブツを手に入れたあと新宿まで歩いてみました。飯田橋からのお濠の桜は散り始めていましたが、桜舞う中歩くのはいい気持ち。桜と言えば新宿御苑の人出にもびっくり。あとは後楽園や市ヶ谷で少年野球大会が行われていたのも印象的でした。帰ってGoogle Mapではかってみたら約9km。けっこう歩きましたが、新宿マルイシティの中華そば「青葉」でラーメンを食ったので、きっと消費カロリーより摂取カロリーの方が多いですね。
そうそう新宿ではもう一つのお買い物、待望の「Photoshop Elements 6」を購入しました。半年間いろいろありましたが、ようやく悩み解消です。昨日発売だったのですが、けっこう売れているようでした。
以上、とりとめのない一日のことを書いておきました。このブログをみてしまった方、おつきあいありがとうございました。

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2008年4月 5日 (土)

母の九州旅行

ただいま母はお友達と九州旅行に出かけております。以前ブログに書いた大分・熊本二泊三日ぶらり途中下車の旅です。いろいろ要望を受け付けながら検討を重ね、結局以下のようなルートになりました。
1日目:大分空港→大分→臼杵(臼杵石仏観光)→大分→由布院
2日目:由布院→(バス観光:九重"夢"大吊橋、黒川温泉、阿蘇神社)→阿蘇→熊本(熊本城・水前寺公園観光)
3日目:熊本→人吉(人吉市内観光)→(観光列車「いさぶろう」「はやとの風」乗車)→鹿児島中央→鹿児島空港
旅行に行く直前まで3日目は人吉観光ではなく球磨川下りをする予定にしていたのですが、出発前日に「水不足で運行しない」との連絡があり急遽予定を変更しました。

そして当日、お友達を引き連れて観光することで緊張していた母は疲れがどっと出たのか朝寝坊!予定の列車に完全に間に合わないため、車で直接羽田空港まで送り届けることに。早朝だったため首都高の渋滞が始まりかけたところだったのは不幸中の幸い、なんとか間に合いました。
色々ありましたが、プランナーとしては楽しい旅になっているか、帰京後の報告が気になるところです。

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2008年4月 1日 (火)

2008年4月の壁紙

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4月になりました。イタリア旅行の壁紙も昨年10月からはじめたので第三四半期突入です。やはり絵になる風景が多いんですねぇ。写真も493枚撮ってますからcoldsweats01。1年は無理ですが、あと2ヶ月はできそうです。でもちょっと飽きてきたかな。
で4月の壁紙ですが、ポンペイを選びました。実はこのイタリア旅行で最も行きたかった場所だったので、10月のアルベロベッロの次に作成したいところだったのですが、あまりに興奮して写真を63枚も撮ってしまったがために、選ぶことがなかなかできませんでした。いやほんと楽しくて時間を忘れて歩き回り写真撮りまくり。でナポリ観光をする時間が無くなってしまったんですよ。でも全然後悔してません。
横道にそれましたが、多数の中から選ばれた栄えある?一枚となったのは、遺跡のメインゲート近くにあるフォロ(Foro=Forum=公共広場)という広場から少し通りを奥に入って写した風景です。遠くに見える山は、このポンペイを遺跡にしてしまった張本人?ヴェスヴィオ火山ですね。この火山の噴火で街が埋まったのは西暦79年のことだそうです。再びあらわになった街は自分が思っていた以上にその姿をとどめていて本当に驚きました。
遅々として進まない旅行記はいつになったらこの地にたどり着くのやら・・なので、取り急ぎ?壁紙で手短に感想をしたためましたが、もしかしてこれで十分なのかも。coldsweats01

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