2008年7月14日 (月)

イタリア旅行記 29

2007年9月15日 土曜日 晴れ (8日目 ローマ その1)
ヴァチカン
6時には目が覚め、日記など書いていると、廊下から「おはようございます」などと大声で挨拶を交わしあう日本人団体の声がはっきりと聞こえてくる。苦笑。ホテルではお静かに。7時に朝食へ。パンや、スクランブルエッグやハムなどたっぷりではないが一通りそろっている感じ。甘いクロワッサンが3種あったが、これがどこの朝食で必ずあったのは文化なのか。コーヒーは自動販売機のように数種類から選んでボタンを押すと出てくるのだが、どれがエスプレッソがわからない。とりあえずアメリカンにしたが。翌朝適当にボタンを押したら、エスプレッソをお湯で薄めたようなものがでて、まずくて全部飲めなかった。
朝食を終え荷物整理をして8時半前に出発。テルミニ駅へ行き地下鉄に乗るべく1日券を購入。ここまで順調だったが自動改札に苦戦。切符の裏表と前後を正しく挿入しないと受け付けてくれない。どうにもうまくいかずに悩んでいたら係員が助けてくれた。でA線のホームへ行くとすでに多くの人が。ヴァチカン市国(※1)に9時前につけば幾分空いているのではという作戦だったが、そんなうまくいくわけないかとちょっとへこむ。やってきた電車は近代的な車両で少し意外。中は白く明るくきれいでした。
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盛況の車内だったが案の定大部分がバチカン最寄りのオッタヴィアーノ・サン・ピエトロ駅で下車。流されるままに地上にでて少し歩くと目的地外壁に長蛇の列が! 一瞬びっくりしたがヴァチカン美術館(※2)の列の模様、こちらは正面入り口となるサン・ピエトロ広場(※3)へと足を運んだ。こちらもすでにサン・ピエトロ大聖堂(※4)へ入場するための列が出来始めていて、さっさと広場全景を撮影して列に加わる。ほどなく到着したセキュリティゲートでまずは服装と荷物チェック。前の女の子は肌を隠そうと無理な重ね着をしても隠し切れていない状態で、それでは入場不可だろうと後ろから見ていたが、相方の男性が十徳ナイフ所持でアウトになり、服装以前に退場。自分はもちろん通過で今度はクーポラ(※5)への列に加わる。
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団体さんなど本堂のみ見学する人が横をどんどん通過する中で並ぶこと30分だろうか。ようやくクーポラ見学のチケット売場に到着。エレベーター利用7ユーロと階段利用5ユーロがあり、迷わず階段を選択。この手の階段と言えば狭くてきちんとした階段をひたすら上るイメージだったが、ここの前半は大変広く段差の低い階段で、どんどん上れる。中央をエレベーターが走りその周りが階段らしい。らくらくでクーポラ入口着。ここからは全員歩き。まずは大聖堂の内部の高いところに入って、クーポラ内側の装飾を見る。半周して上部展望への通路となるのだが、狭いもののひたすら階段ということはなく、外周を周りながら上っていく感じだったが、半球状のクーポラの残り半分の高度稼ぎは急階段で縦に一気に上ることに。変化に富んだ経路でたどり着いた展望台はローマ市街を一望。ローマはフィレンツェやヴェネツィアと違ってあまり街が密集している感じではなく、また緑や丘陵地が割と食い込んでいるのが意外でもあった。360度を一通り写真にとって、大混雑の展望台を降りて後にした。
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降りきったところはサン・ピエトロ大聖堂内となり、そのまま見学。沢山の観光客が入ってそぞろ見学しているが、横の礼拝堂では真剣に祈りを捧げている多くのシスターがいるあたりはさすがカトリック総本山といったところ。多様な国、人種の人がいたのも印象に残った。そんな真剣で神聖な場であるだけに規律も厳しく、見学疲れで壁や柱により掛かったり床にしゃがんだりしている人は、屈強そうな係員から注意を受けている光景もよく見られた。そんな雰囲気も手伝ってか、聖堂そのものもどっしりとした重厚さや荘厳さが最も印象に残った。
大聖堂を出ると朝と比べて入場とセキュリティチェックの列がものすごく延びていて、多少並んだものの9時前に到着する作戦は正解だと思ったのでした。
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※1:余りにも有名な世界最小の独立国家
※2:総面積4万2000㎡、展示コースの総延長が7kmにおよぶ世界有数の美術館で、収蔵品はすべてが歴代教皇のコレクション
※3:1667年に完成したヴァチカン市国の玄関口。広場の直径は240m、中央には西暦40年にエジプトから運ばれた高さ25.5mのオベリスクが配され、外周は284本の円柱が支える回廊が取り囲んでいる。
※4:カトリックの総本山にして世界最大のカトリック教会。326年に建立、1506年に大改築が実施され120年の歳月をかけて完成した。
※5:ミケランジェロが設計した巨大なドーム。内側壁面には16世紀末につくられたモザイク画が一面に施されている

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2008年6月30日 (月)

イタリア旅行記 28

2007年9月14日 金曜日 晴れ (7日目 ナポリ・ポンペイ→ローマ その5)
ローマのホテルとワインバー
テルミニ駅でホテルバウチャーを出すとなんと地図がついていなかった(※1)。しまった。住所が道の名前なのでガイドを開いて駅前の通り名を見てみるが、どうにも見つからない。こういうときはインフォメーションが早いなということで、ガイドを見ると駅構内と駅前広場にあるらしい。ということで駅をでて広場へ…いったが見つからない。それではと駅に戻り構内にある案内図を見ながら歩き回ったものの、鉄道のインフォメーションはあっても、ツーリストインフォメーションは見つからず。あきらめて今度はローマの折り込み地図があるもう一つのガイドブックをリュックの底から引っ張り出し広げてみると、ようやく目的の場所を発見。歩いて5分ちょっとのところにあるホテルに到着するのに1時間かけてしまった。
ホテル(※2)は日本人団体御用達で、フロントの人に日本語で「さいんヲココニ」とかいわれてしまった。そしてさすがの4つ星。カードキーはタッチセンサ式。室内テレビは液晶でインターネットなどのプログラムが選べる。風呂もバスタブ付き。少しテレビで遊ぶが、結局インターネットは有料。無線LANも有料で、有線LANのパソコン持参でないと使えない模様。結局この旅行中でインターネット接続は実現しなかった。残念。
夕食はポンペイの歩き疲れで遠くのガイドブック推薦の店に行く気になれず、テルミニ駅近くのエノテカ(※3)へ。最近できた店なのかシンプルだけどきれいな内装だった。メニューから適当に選んだトマト系の冷製スープとワインで柔らかく煮た牛肉のドミグラスソース系がけを食す。少ししょっぱいがうまい。ワインはリストからどう選んだらいいかわからないと店員さんに言うと、赤か白か聞かれたので赤を選択し、ウェイターさんのおすすめを出してもらう。グラスかハーフボトルか聞かれたが、疲れているのでグラスにしておく。水もどうかと聞くので頼んだ。そしてなんとテイスティングをさせてくれた。がノーというはずもなく。おすすめワインは渋みがきいて少し重めのところが私的にけっこうよかった。水と交互に飲みつつメインの牛肉まで適量の食事でした。水は750ml瓶だったのでさすがに余ったが(※4)。大満足の会計は26ユーロ。店員さんも上品で気持ちよく、明日もここでいいかなと思った。

※1:これまでは「オクトパストラベル」での予約だったが、ローマだけ同じJALのホームページから予約できる「みゅう海外ホテル予約」を利用した。このバウチャーに地図がないことは気づいていて、出発前に調べておかなくてはと思っていたのだが…
※2:Hotel UNIVERSO (ウニヴェルソ) ホームページはこちら
※3:エノテカはワイン展示館という意味を持つワインを楽しめる酒場の総称とのこと。行ったお店はTrimani Wine Bar (トリマーニ・ワイン・バール)。
※4:これを持って帰っていいのかわからなかった。今まで頼んだことがないもので。後で他の人に聞いたのですが、持って帰っていいんですよね?

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2008年6月29日 (日)

イタリア旅行記 27

2007年9月14日 金曜日 晴れ (7日目 ナポリ・ポンペイ→ローマ その4)
ナポリからローマへ
14時少し前の列車でポンペイを後にし、ナポリへ。乗った場所が悪いのか車輪からの振動が椅子に響いて心地悪い。とはいえ適度に客が乗っていて移動もできず。それ以外は順調に終点到着。
ここでローマへの列車まで1時間強。旧市街観光は無理だけど市内散策はしてみようと、とりあえずホテルとは逆の海岸線方向へ。つきあたった海岸沿いの大通りはすごい交通量でさらに排気ガス臭い。線路はあったが走っているのが見られなかったトラムもここで発見。この通りを世界遺産の旧市街へ向けて歩き始めたが、やっぱり時間が足りないので途中で山の手の方に曲がりドゥオモを目指す。緩やかな坂道をのぼってゆくと10分くらいで到着。行った時間は開いていなかったので、ここは狭い通りから収めきれない外観の写真を撮るのみで退散。
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ここからホテル方向に歩を向けてカプアーノ城へ。歩道のない1本道は両側を集合住宅に挟まれて少し暗い。ただそれほど危険な感じはしない。道を抜けると城に到着。入り口から中庭方面を覗くが、警備員さんがいたりするところをみると、現在は公共施設が入っているのかなと思う(※1)。通り抜けはできなさそうなので、外周を歩いた。周囲はやはり集合住宅で生活の雰囲気が濃いが、道は歩道付きで広くなったので明るい。城といっても別に大きくなく、ほどなく半周してホテルへの大通りにでる。ゴミが散乱して特に収集所付近はひどい。なにかゴムが焼けるような異臭もする。息苦しくなりながらホテルに到着。荷物を奥のミニロビーに取りに行く。放置されていたけど、無事でした。
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ナポリ中央駅に到着すると列車はすでに入線していたので乗車。今回はイタリア新幹線の最上位列車ということで、さすが室内もきれい。座席は向かい合わせの窓側で、お向かいさんは洗練されたファッションに身を包んだ中高年カップル。かっこいいなぁなどと思っていると、明らかに許可を得ていない新聞売りが騒々しく車両を通り抜けてった。そして次は明らかに許可を得ていないおつまみ売りのおばさんが通り、折り返しでそのおばさんがアコーディオンを弾く少年を従えて戻ってきた。これは改札のない始発駅だからか、ナポリだからか。
物売りは下車して列車は発車。新幹線区間と思われるところに入ると、白いコンクリートと田園風景が広がる。スピードはどのくらいかわからないが、目が回るほどということもない。景色が街でなく田園のせいかもしれない。時々その田園に忽然とコンクリートのみの素っ気ないホームがあったりするのは駅なのだろうか。停車してもだれも乗車しないと思うが。などと書いてはいるが、実際はこの車内では日記をアドエスに打つことに一生懸命で、正直あまり景色を見ていなかった。ということでいつの間にか減速したと思ったらローマ到着のアナウンス。あっという間でした。
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※1:調べたら現在は司法裁判所とのこと

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2008年6月17日 (火)

イタリア旅行記 26

2007年9月14日 金曜日 晴れ (7日目 ナポリ・ポンペイ→ローマ その3)
ポンペイ遺跡(感想・写真編)
さて肝心の遺跡の感想だが、70コすべての感想を載せてもしょうがないし(というか書けない)、63枚の写真すべてを載せることはできないので、全体を通したて印象に残った点を数枚の写真と一緒にまとめました。
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■円柱や壁など遺跡として露出しているのは、装飾を施す前の土台部分であることが多いのがわかった。神殿などはその茶色やグレーの土台の周りを白い石で覆っていたようだ。
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■装飾といえば壁を飾る絵や装飾も鮮やかに残っているものも印象的だった。人や物を描く際も立体的に書いているあたりは、この遺跡が古代文明のそれとは異なることを表しているのだろうか。
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Pompei49_d123Pompei34_d115Pompei62_d132
■住居は回廊式で中庭があることが多かったのだが、それぞれにいろいろな緑を植えて個性を出すよう演出していた点もおもしろかった。
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■道は基本的に歩道と車道が分かれていて、車道は当然広いのだが大きな丸石を敷き詰めたような形状のため、歩道の方が断然歩きやすかった。車道にある横断歩道のような飛び石は馬車の速度制限でもするのだろうか。人は歩道に、車はゆっくりとということか?(適当)
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■道の交差点など要所には水場があって、蛇口が常に顔の彫刻の口についているのが奇妙だった。彫刻の造形がそれぞれ違う(多分)のはいいとして、彫像の口を水の出口にするのはどうだろう。
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まだあるのだけれど、いい加減にやめておきます。coldsweats01

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2008年6月16日 (月)

イタリア旅行記 25

2007年9月14日 金曜日 晴れ (7日目 ナポリ・ポンペイ→ローマ その2)
ポンペイ遺跡(全般編)
駅にほど近いマリーナ門でチケットを購入後、隣接するインフォメーションで地図と説明冊子をもらう。それによると見学ポイントとして1から70!までの番号が振ってある。さすがにこんなには回れないと思ったので、まず日本のガイドブックに書いてある見所については、見逃すことのないよう地図に日本語名を転記した。準備完了して正面を見ると丘の上に広がる遺跡群のさわりが見え、興奮してくる。遺跡に入場しトンネルをくぐって丘の上に抜け、広大な敷地に遺跡の街が広がっている様を見ることで、その興奮はさらに盛り上がった。
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さきほど見所チェックはしたが、遺跡巡りはとりあえず1から順番にはじめることに。そしてあとから少しでも思い出せるよう、冊子の余白に一言感想を書くようにした。番号は効率よく回れるようにふられてはいたものの、20ぐらいまで巡ったところで確認したら、最初は主要なのものが続いたのと興奮から写真を撮ったりじっくり見たりしすぎて、1時間半もかかってしまった。この調子では日が暮れてしまう…、がしかしこのポンペイを見ることこそが今回の旅行の一番の興味、日本のガイドブックの見所(8コ)だけではもったいない。ということで、もうナポリ観光はあきらめ今日1日をポンペイ遺跡に捧げ70コ完全制覇することを決断。ただしなるべく急ぎ足でまわるようにしたが。一部修復作業で閉鎖されていたり、のぞき穴からだけ見えるために渋滞しているところを飛ばしたりもしたが、ほぼ番号順に歩いて60番目の円形闘技場に着いた時点で1時過ぎ。ポンペイ2時頃の列車に乗るため、ここからは一部スルーしたものの、ほぼ完全制覇。イタリアにきてからというもの連日の街歩きで足が張っている状態だったが、昨日が列車移動が多く休息日となったのか、ただ遺跡のすばらしさと完全制覇に向けてハイテンションが持続したせいか、何とかまわることができ大満足で遺跡を後にした。
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2008年6月12日 (木)

イタリア旅行記 24

2007年9月14日 金曜日 晴れ (7日目 ナポリ・ポンペイ→ローマ その1)
ナポリからポンペイへ
6時起床。朝食までに荷造り、日記書きなど。7時半朝食へ。シリアルとパン、ジュースとコーヒーという内容。8時チェックアウト。荷物預かりはホテルフロントから少し入ったロビーにおけということだった。大丈夫だろうか、少し不安。
ホテルを出発して中央駅から少し海よりにあるチルクムヴェスヴィアーナ鉄道(※1)のナポリ・ポルタ・ノラーナ駅(※2)へ。切符は窓口発行、前日のバーリに続きここでも乗車区間を書いたイタリア語メモが役に立った。乗車前に自動販売機でミネラルウォーターを購入。が、微妙にのどを刺激するガス入りのものが出てきてしまった。ナチュラーレと書いてある場合はガスなしのはずなのだが。
ホームに降りると構内は沢山の発着線があり広く、列車も朝のせいか頻発していて意外にも活気がある。車両はナローゲージ(※4)の小型車両だが3両×3の9両編成(確か)。ホームギリギリいっぱいに停車して写真もぎりぎり。しかし車両の落書きがむごい。このあと何本かみ見たすべての車両に落書きがあり、無事なのはないのではという有様。自分が乗車した車両はまだましなほうだった。写真に収めてそのまま先頭車両の運転席後ろに座り前方も見ようとしたが、運転席に車掌もいたので展望は今ひとつだった。
Napoli02_d099列車は軽便鉄道らしからぬ飛ばしっぷりで、駅間も短く、そこそこ地元客の乗り降りもあり、ローカル私鉄を想像していたけどしっかり都市鉄道だった。あっという間の40分でポンペイ・スカーヴィ・ヴィラ・デイ・ミステリ駅(※3)に到着した。

※1:ガイドブックにはヴェスヴィオ周遊鉄道と載っていることも。時刻表はホームページから取得できる(トーマスクックの時刻表には掲載されていない)。
※2:Napoli Porta Nolana チルクムヴェスヴィアーナ鉄道の起点駅。500m離れた次駅のナポリ・ピアッツァ・ガリバルディ(Napoli Piazza Garibaldi)駅が、イタリア鉄道のナポリ中央駅の地下にあって乗り換えられる。
※3:Pompei Scavi - Villa dei Misteri ポンペイ遺跡の入り口にある駅。ナポリとソレントを結ぶメイン路線(多分)上にある。これとは別にPompei Santuarioという駅がチルクムヴェスヴィアーナ鉄道の別線にあるので、切符を買うときや乗車の際には注意が必要。
※4:線路幅が762mmの鉄道のこと。軽便鉄道ともいわれる(多分)。実際にチルクムヴェスヴィアーナ鉄道がこの幅かはわからないが、JRなど日本の標準である1067mmよりは狭いと思う。ちなみにイタリアをはじめとしたヨーロッパの鉄道の標準は1435mm。

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2008年6月 7日 (土)

イタリア旅行記 23

2007年9月13日 木曜日 晴れ (6日目 アルベロベッロ→ナポリ その4)
ナポリの夜
Napoli09_d140ナポリの駅前は到着間際の列車から垣間見た近代の形もなく、喧噪が支配していた。駅前の広場は信号がなく(あっても常時黄色)我先にと進行する車をかいくぐって渡らなくてはならない。広い駅前広場の先にあるメインストリートは大渋滞で、大変に排気ガス臭い。そしてここも信号がないので、地元の人についていってなんとか渡り、ホテルへと向かう。がホテル前の通りがどうも環境が悪い。ゴミは散乱し(基本的に街全部だが)(※1)、たむろしている輩はいるし、彼らの一人にゲーム感覚(たぶん)で背後をつけられるし。そんなところなので、ホテルの扉にはロックがかかっていて、フロントが確認しないと開かないようになっていた。ホテル(※2)は3つ星ながら黒基調の落ち着いた内装。従業員も制服でびしっとしている。少し古いが文句なし。
前日の夜行で体を洗えなかったので早速シャワーを浴び、すっきりしてから夕食へ。宿からほど近いということで、ガイドに載っていた老舗ピザ屋(※3)へ。店頭で人が待っているので並んでいるのかと後ろについたが、後からやってきた別の日本人の兄さんが待ってる他の日本人に聞いたところ、まず店に入って整理券をもらうらしいと教えてくれたので一緒に入る。するとちょうど2人分空いていたのですぐに案内され(※4)、結局その兄さんと相席になる。店は下町の食堂といった趣。隣の女性も日本人でコックの旦那さんとともにペルージャに滞在して1年半いるとのこと。さらに少し後で女性の正面にやってきたのも日本の学生だった。僕と一緒に入った兄さんは仕事を辞めて5月から1月までの予定で世界を旅しているとのこと。彼と2種類しかない店のピザをそれぞれ頼んでシェアすることに。しばらくしてやってきたピザはシンプルな具なのに、生地そのものの味や弾力などがすばらしく、なかなかおいしいかったが、2種類の違いは正直わからなかった。大きさも結構大きく、私にはちょうどよかったが、隣の女性は食べきれなかった。お会計はピザとビールで5ユーロ。男3人で一緒にレジに並んだら、会計をまとめられた。先頭の学生さんに自分の5ユーロを渡したが、この程度は貧乏旅行の若者におごる機転がおじさんである私には必要だったと、帰り道悶々とする。宿に帰ると睡魔に襲われ、またもや日記は書けずに寝てしまった。
※1:このときはナポリのゴミ問題などは知りませんでした。
※2:Hotel San Giorgio ホームページはこちら
※3:Da Michele(ダ・ミケーレ)。ピザはニンニク・オレガノ・トマトソースのみの”マリナーラ”とトマトソース・モッツァレラ・バジリコのみの”マルゲリータ”の2種類のみ。大きさは3種類から選ぶらしいが、注文時には聞かれなかった。
※4:外で待っていたのは、家族連れなど1組4人以上の人たちだった。

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2008年6月 3日 (火)

イタリア旅行記 22

2007年9月13日 木曜日 晴れ (6日目 アルベロベッロ→ナポリ その3)
アルベロベッロからナポリへ
Alberobello18_d096アルベロベッロ駅に到着したが、だれもいない。午後は無人駅になるので駅員もいない。そして発車時刻になっても列車は来ない。朝の遅れがあったので、まずいかなと思いつつもどうしようもなく、列車がやってくるはずの方向を眺めていると、人が3人ほど集まってきて、そして定刻5分後に列車到着。まあこれが普段通りということか。客車は国鉄お古(多分)の2階建て車両で、残念ながら朝見た古典車両でなかった。2階建ての理由は途中から大量の学生乗車で納得。みなサングラスをかけたりしているが、どことなくあどけないので中学生くらいだろうか。しかしうるさい。見慣れぬ異邦人がいる私のボックスだけきれいに空けて放課後が展開され、車掌さんが先生よろしく検札をしていた。放課後は3駅ほど続き、生徒がどんどん降りていき、また一人になった。この乗り降りでの遅延はあまりなかったが、対向列車も同様の状況が展開されるのか遅れていて、これを待ってこちらも遅れの積み重ねで、結局バーリ到着は15分遅れで次の列車まで8分ほどとぎりぎりになってしまった。最後はまた焦ってしまったが、まあ間に合ったからいいや(いや本当はよくないが)。
Alberobello19_d097大急ぎで切符を打刻機に通してホームへ行くと、こちらのローマ行きユーロスターは遅れることなく定刻着し、乗車すると列車は大混雑。私の指定席には先客がいたのだが、大量の荷物を抱えたり棚にのせたりしていたのと、2人で並びたいと言うので、席を替わってあげた。荷物は少し離れた網棚に置き、着席したところで列車は発車。車両は結構静かで、iPodの音量を前の列車より落とした。日記も書きたいところだがアドエス(携帯)の電池警告がでるので、ノートに書く。走行中でも清書じゃなければ十分に書けた。途中進行方向が変わり、座席的には後ろ向きとなる。
しかし南イタリア列車の旅がこのまま無事に終わる訳はなく(苦笑)。順調に走っていた列車は、ある地点で運転停車し、そのまま動かなくなってしまった。しばらくすると空調もストップ。車両故障だといやだなと思うが、なんの案内もなく、さすがに遅れにはなれている(?)乗客もざわついたり、いらついたりしはじめた。結局30分以上停車したあげく出発。通りかかった車掌と会話を始めた乗客の表情や反応が総じてにこやか(というか笑い)だったが…。なんだったのだろう。私もナポリ方面への乗り換えが不安なので大丈夫か聞いてみたが「問題ない」というので少し安心(でも少し不安)。ただ列車はその後も徐行や運転停車を繰り返して遅れは拡大する一方。カーブ途中で止まったときは、振り子車両なので車両が大きく傾いたままとなったのはご愛敬であった。
Napoli01_d098結局、乗り換えのCaserta到着は18時5分となり、1時間半以上の遅れ。ただここからナポリへは1時間に数本でているようで、確かに問題なし。ただし今度の列車は10分遅れ。発車ホームもわからないので、乗り換え客はとりあえずコンコースへ異動して電光表示にじっと注目。列車到着直前にホームが表示されてまた移動。やってきたのは意外にも?2階建ての新しい電車。荷物が置けるようにと1階を選んだが、荷棚はあまり大きくなく、結局座席においた。約40分でナポリ着。到着直前、今までのイタリアでは見なかったような近代的高層ビル群が見えたのは少し驚きだった。

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2008年6月 2日 (月)

イタリア旅行記 21

2007年9月13日 木曜日 晴れ (6日目 アルベロベッロ→ナポリ その2)
アルベロベッロのトゥルッリ
数名の下車客も散って閑散としたアルベロベッロ駅前を出発。まずは2つある保存地区の中間地点にあり、観光案内所のあるポポロ広場を目指す。車通りは割とにぎやか。片側に車がびっしり駐車しているのも車の多さを感じる理由か。駅から延びる通りを5分強歩いてポポロ広場への道に曲がる。とそこは平日だというのに露天が並んで歩行者天国状態。なぜだか衣服を売る店が多いのが特徴的で、地元の人も多く繰り出している模様。そんな露天で埋まったポポロ広場を抜けると、いよいよ保存地区が目の前に広がった。広場からいったん谷を下って向かいの斜面に展開しているので、広場のテラスから写真を撮った。そして三脚付きでこの旅はじめての記念撮影(※1)。
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まずは観光地として土産物屋など連なるモンティ地区(※2)へ。トゥルッリの壁の白色が美しく、土産物屋もその特徴を殺さないように展開していて、思ったよりいい感じ。歩いていると「こんにちは。みるだけでもいいですよ…」などと日本語で呼び込みをする店もあり、おぉすごいなと思いつつも通過していたら、いきなり「店の上に登ってみてもいいですよ」と本物の日本人に呼びかけられた。あっけにとられている間に、店の中へから屋上へと案内されてしまった。まあいい機会なので記念撮影。特徴ある屋根部分を近くでとれてよかった。ということで、こちらに嫁いで15年というヨーコさん(※3)の店で買い物せねばなるまい。勧められたトリュフの塩漬けとかチョコとかも試食して美味しかったが、この後も旅は続くので重い物やつぶれたり溶けたりする物はNG、と断って購入したのは缶入りのオリーブオイル5ユーロなり。安くてどうもすみません。ついでに屋根に登ったときにそれぞれに記号が白書されていたことを聞くと、それぞれの家の思想やなどを表すとのこと。10年ほどで消えてしまうので、その都度書き直したりするらしい。全く同じものはないが、似たようなのはあるとのこと。と話している間にヨーコさんは、玄関を飛びだしてまた日本人を拉致していた。たくましい。店を後にしてモンティ地区をまた歩く。坂の頂上にあるトゥルッリ型が特徴のサンタントニオ(Sant' Antonio)教会で折り返してポポロ広場に戻った。
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続いてトゥルッリでの生活する人のいるアイア・ビッコラ地区(※4)へ。こちらはモンティ地区より観光する人も少なく、解放された玄関からテレビの音が漏れ聞こえたりする点は生活地区という感じ。ガイドに書いてあるように、だまって歩いてはカメラを構えるということを続けた。ただ家々の白基調の美しさは変わらず、道こそアスファルト舗装だが、十分絵になる風景。というより静かで落ち着いているので、むしろこちらの方がいい感じ。途中古びた三輪トラックとトゥルッリの組み合わせで撮った写真は、この旅一番のお気に入りになった。1周してポポロ広場に戻ると、帰りの列車まで30分を切ったところ。滞在時間はわずか2時間だったが内容には満足。見学を切り上げて駅に戻った。
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※1:三脚を使用して1人で記念撮影というのを旅行中によくやる。人がいないか少ないところでやるのだが、このイタリアではそんな状況になることがなく、ここまでできなかった。
※2:16世紀の半ばに約40軒のトゥルッリがつくられた。現在は観光地化され、外観はそのままでレストランやホテルとなっているものもある。
※3:いただいた名刺によると、ラエラ陽子(Laera Yoko)さんという方で、ユネスコ公認ガイドもされているらしい。これを書くにあたりホームページでもあればと「アルベロベッロ ヨーコ」とか「ラエラ陽子」でググったら、沢山の旅行記等がヒットした。みんな声をかけられているんだなぁ。
※4:名前の由来は「小さな麦打ち場」(ちなみにアルベロベッロは「小さな樹」の意)。トゥルッリは今でも住居として使用されているものもあるが、約40%は放置されている。

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2008年5月25日 (日)

イタリア旅行記 20

2007年9月13日 木曜日 晴れ (6日目 アルベロベッロ→ナポリ その1)
バーリからアルベロベッロへ
夜行列車の夜は今イチ熟睡できない。今回も夜中に途中で目が覚めてから、寝たり起きたりの繰り返し。どうやら途中で室内の空調を切られたようで、最初に目が覚めてからは暑くてよく寝付けなかったというのもある。そんな状態で6時に体を起こして出発の準備。昨日の宿から持ってきたもので簡単な朝食。ほどなくモーニングコールの車両係の人のノック。新聞とエスプレッソをもらう。新聞もらってもイタリア語じゃわからんなあと思いつつ広告の多い新聞をぱらぱら見ていると、安倍首相辞意表明らしきの記事が1面たっぷり使って載っていてびっくり。さすがにこれは言葉は関係なかった。部屋のカーテンをあげ景色を眺めると海が見えるようになり、やがて少し街になってというところでバーリ(※1)到着のアナウンス。南部長距離列車の噂に違わず15分ほど遅れて到着した。ヴェネツィアを出たとき空室だらけだった寝台から、バーリではこんなにいたのかというくらい下車した。ほとんどの部屋が埋まっていたらしい。日本で予約してよかった。
スッドエスト線(※2)の表示にそって地下通路を歩きホーム到着。待合室に券売所があったので、おじさんにアルベロベッロまで往復の旨イタリア語の単語でかいた紙を見せながら、英語でお願いすると、紙をじっと見てから往復分の2枚を発券してくれた。やはり地方では英語がわからない人も多いようだ。少々不安だったチケット発券も無事終了した時点で、列車発車まで1時間近くあったが、大リュックを背負って(※3)観光するほどの余裕もないので、待合室で待機することに。壁に時刻表が掲示されてていたので見ると、9月10日からとか書かれていたので、あわてて自分のと比較する。幸い自分の乗る列車には変更がなかったが、帰りの便で自分の乗る1本前に増発されていた。もっともこれだとアルベロベッロ(※4)滞在が30分程度になってしまうが。
そのうちおもちゃのような古典客車を連ねた列車が到着し、大量の客をはいて、すぐに引き返していった。そうかラッシュなんだなと思う。混雑がとぎれない間に引き返されたので写真が撮れず残念に思っていると、次に到着したのは落書きのむごい2両の古いディーゼルカー。これも大量の客が下車。ただここから遅れがではじめた。そして前と同じ形のディーゼルカー3両が遅れて到着して、やはり大量のお客さんをおろして去った後、いよいよ次に我々が乗るべき列車が・・来ない。これまで到着した列車の遅れを遙かに凌駕して来ない。これはあせる。アルベロベッロの滞在時間が短くなるのはまだしも、帰りの列車のバーリでの接続時間が24分なので、正直あまり遅れないで欲しいのだが。そのうちに一人のおばさんが大声でなにごとか誰に対してでもなくまくし立て始め、券売所のおじさんにマイクを使ってスピーカー越しに大声で注意されたり(びびった)。いかに遅れに慣れている?地元の人にとってもおかしいと感じるのか、何人かが券売所を訪れては何事か聞いていた。結局、定刻発車時刻15分後にやってきた3両のディーゼルカーに乗車、発車は20分遅れとなった。
Alberobello01_d093まずは目的地に向かいはじめたものの、帰りは大丈夫かの不安が大きくて車窓を眺める余裕がない。時刻表を見つつ何か策はないか考えるが、本数の少ないローカル線に次善の策があるわけでなく。路線は単線だがすべての駅で行き違いができるようになっており、遅れているので駅という駅で対向列車と待ち合わせ。で時刻表とにらめっこしていると列車番号によって客車列車かディーゼルカーを示している(※5)と仮定すると、バーリで見た列車やこの列車と行き違う列車の合点がいく。とすればこの列車の対向列車4本は時刻表によればほとんど遅れていないことが判明。帰りの列車は推定した法則で客車列車と推測されるので、このディーゼルカーの折り返しでない可能性が高い、たぶん大丈夫だろうということにした。
区切りがついたところで車窓に目を向けると、列車は田舎の生活路線と行った趣。車内は割と頻繁に乗り降りがある。進むにつれ沿線はだんだん畑が多くなってきてぶどうやらオリーブやらが目に入るようになり、畑の中の小屋がトゥルッリであるのもちらほらと見え、ようやく気分が盛り上がってくる。列車は分岐駅であるPUTIGNANOで3両から前1両のみとなるため、車掌に促されて車両を移動。再出発した列車は結局遅れを取り戻せず、9時50分着のところ10時過ぎアルベロベッロに到着した。
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※1:アドリア海に臨むプーリア州の州都。岬に広がる旧市街には11世紀当時の城が残るなど、中世の海運都市の面影をとどめている。
※2:バーリから南に路線を延ばし、ローカル輸送を受け持つ私鉄。スッドエストはイタリア語で南東の意味。ホームページもあるが、イタリア語のみ。
※3:本文中にもあるが、帰りの列車接続が短いので、万が一(窓口の混雑等)を考えて持ち歩くことにした。結果として正解だった。
※4:白い壁に円錐形の屋根を持つ「トゥルッリ」と呼ばれる家々が点在していることで有名な観光都市。1996年に世界遺産登録。
※5:列車番号の頭にATがついていたらディーゼル、なければ客車。まあどうでもいいことですが。

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