2007年5月 4日 (金)

アメリカ西海岸旅行記 28

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その7)
アップルストアとステーキ
ゴールデンゲートブリッジからホテルに戻り、荷物を置いてから夕食を物色しに外に出る。できればマクドナルドに行って国際比較をと思っていたのだが、みつからず。その探す合間にアップルストアを発見。思わず入ってみると、やはりiPodに新型が登場している模様(※1)。ストアにあるマシンのインターネットで日本語のアップルサイトを見ると(※2)日本でも発売され、値段が従前より下がっているではないか。旅行前に壊れて様子見にした作戦(※3)はとりあえず正しかった。ついでにニュース記事などさらっと見てみたが、とくに大事は起こっていなかった模様(たぶん)。
Imgp1375食事は結局、昨夜も若い旅行者が列をして並んでいた廉価なステーキレストラン「Tad's Steakhouse」へ。この夜も客の入りはよく、カフェテリアのようなカウンターに並んで注文。そのまま進んでサラダ・ドリンクの注文・受け取り、さらに進んでいる間に肉が焼かれて受け取り、精算。ステーキ12$+ビール3.5$+税金=約17$なり。肉は硬く正直すごくうまいものではなく、多少量が多かったものの、なんとか完食。とはいえグランドキャニオンの食事に比べたら数段上で、基本的には満足でした。

この翌朝にサンフランシスコ発のANAで日本へ帰還しました。このとき国内線ではスルーされてきた目薬を手荷物検査で没収されてしまいました。まだ沢山あったのに…。失敗でした。

※1:2006年9月に登場の新第五世代ビデオiPod
※2:MacOS Xはデフォルトで多言語対応なので(多分)、OSの表示が英語の場合でも日本語の表示が可能。しかし海外からインターネットで日本の情報が簡単に手にはいるのは、本当にすばらしいことですね。
※3:この旅行に行く直前に愛用のiPodが永眠。修理に2万かかるといわれ、当時のiPodが発売から1年近く(2005年10月発売)だったので、新機種が出てから修理するか新品にするかを決断することにして日本を出発したのでした。結局帰国後、この新型iPodを購入。パソコンもiMacに切り替えました。

ということで、だらだらと記述した「アメリカ西海岸旅行記」は終了です。もう旅行が終わってから半年以上たってしまいました。来年は久しぶりにヨーロッパへ行きたいと思っているのですが、ユーロが高い…。夏までになんとか改善されないものでしょうか。

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2007年4月29日 (日)

アメリカ西海岸旅行記 27

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その6)
ゴールデンゲートブリッジ
メトロFラインを降りて郊外行きバス路線のターミナルであるトランスベイ・トランジットターミナルへ。閑散とした殺風景な建物でゴールデンゲートブリッジを通るバスの停留所を探すが、実際は建物内ではなく前の通りにあった。なんかゴミが散乱してあまりいい雰囲気でなく、バスの本数があまり多くない、降りる停留所がわからない(※1)、料金がかかると懸念だらけなので、1日券が通用する市バスを乗り継いでゆくことを決意。トラムの走るマーケットストリートに戻り、市バスのバス停で路線図を見ると、お昼に歩くのをあきらめた地点(フォートメイソン付近)の近くから、ブリッジ根本のフォートポイントに行くバスがあることを発見。セブンイレブンでゲータレードを購入して渇きをいやしてから、混んでるケーブルカーを避け、フォートメイソンへまっすぐ行くVan Ness St.を目指す(※2)。途中ちょっと怖くなりながら(そんなんばっか)ようやくバス停発見。バスにフォートメイソン(※3)近くで下車。歩きでフォートメイソンの逆サイドにあるバス停へ。そこから再度バスに乗りようやくフォートポイントに到着したときには、もう周囲は暗くなりかかっていた。
なにはともあれフォートポイントから橋全景を写真に納める。湾内で霧が発生しやすく橋の全景が収めにくいとか聞いていたが、今日一日朝・昼・夕と見る限りそんなことはなかった。ラッキーということでしょうか。せっかく来たのに見るだけでは・・ということで橋を歩いてみる。時間が遅いのでオークランド側終点まで行くことは考えてなかったが、アルカトラズ島やサンフランシスコの町並みを見ながら撮りながら、結局中間地点まで歩いてしまった。オークランド側から来た観光客らしき人に記念写真を撮ってもらい、折り返す。夕日に向かってシャッターを切りつつ、フォートポイントに戻ると日が落ちて暗くなった。
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観光も終了して宿に戻るだけということで、行きと同じ系統のバスに一旦乗りかけたものの、一緒にやってきた別のバスがダウンタウンへ行くと他の乗客に運転手さんが言っている感じだったので、つられてサンセットと表示されている別のバスに乗り換え。てっきりダウンタウンへの観光客向け臨時バスなのかと都合良く思っていたら、全然違う方向へ向かっていることが確実な雰囲気。歩き方の地図を見るとはたして「サンセット」という地区に向かっているのであった。ちょうど居合わせた日本人団体がバスを降りたので、自分も次の停留所で降りると、そこで交差するGeary St. を通るバスに乗ればホテル前に到着することが判明。無事に宿に帰還した。結果的には行きよりも歩きの少ない良いルートにはなったのでした。

今回の地図
※1:歩き方によると、「ゴールデンゲート・トランジット・バスで橋のたもとまで」とまるでタクシーのような表現だった
※2:今思えば、そこまでもバスに乗れば良かった
※3:かつて軍隊の駐屯地だった場所で、建物をそのままにいくつかの文化施設として使用している

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アメリカ西海岸旅行記 26

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その5)
グレース大聖堂からロンバートストリートへ
Imgp1358ケーブルカー博物館前の坂を登ってグレース大聖堂(※1)へ。キース・ヘリング制作のキリストの生涯(※2)が目当てだったのだが、まずは聖堂本体を見学。高さも広さも大きく、全体的に落ち着いた印象。で、お目当てのものは本堂ではなく入り口横の小部屋に祭壇としておかれている銀の3枚折りの彫刻でした。絵画を想定していたので彫刻であることは意外だったが、内容は確かに例のヘリング節が展開しているものでした。写真を撮って外に出ると、どうやらこの後ここで結婚式をやるらしく、花嫁さん花婿さんらしき人や、着飾った人たちが聖堂への階段を上っているところだった。はじまったら入れなくなるところでした。よかった。
07090710
ふたたび坂を下りてケーブルカーの通りに戻り、停留所で待つ。日差しが暑い中ようやくやってきたケーブルカーは満員で、全くこちらを見ずに去っていった。待つのは無駄と判断、あきらめて坂道を歩く。地球の歩き方に簡易な等高線が入っているので、坂の上り下りが少ないルート(多分)を選びつつ進み、ロンバートストリート(※3)に到着。多くの人がカメラを構え、車もどんどん入ってくる。確かに急坂だが、車にとっては勾配よりもあまりに曲がりくねっている点で運転がむずかしそう。曲がりくねっていない歩道を通って下に降りるとさらに多くの観光客がカメラを構えていて、立ち位置確保に苦労。数枚撮ってそそくさと退散した。
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ロンバートストリートから坂を海側に下ってフィッシャーマンズワーフへ行き、お昼に乗ったメトロFラインでダウンタウンを目指す。先ほどより車内が混雑していて自分も座れず。そんな中ベビーカーを折りたたまずに乗っている女性に運転士が注意すると、その女性が逆ギレして一時険悪な雰囲気になったりしながら・・それでも進む。女性に席を譲ることでベビーカー問題は解決した後、列車の混雑度合いも増したので、途中から下車客のない停留所は容赦なく通過。さっきのケーブルカーもそうだったが、停留所で待ってる人にアナウンスもない。運転手と女性のやりとりといい、案内・減速なしでの満員時停留所通過といい、お国の違いを感じました。
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この記事の地図
※1:ゴールドラッシュ時代の1849年建立、現在の建物は1964年完成。カトリックとプロテスタントの中道を行くという開かれた教会とのこと。マリリン・モンローとジョー・ディマジオが結婚式をあげたことでも有名らしい。
※2:「The Life of Christ」エイズ撲滅を願って制作したとのこと。伝統的な教会と相容れないようなものでも受け入れるあたりが、開かれた教会の証しということなのでしょうか。
※3:ハイド・ストリートとレベンワース・ストリートの間1ブロックの急斜面にS字状急カーブが8カ所ある。別名「世界一曲がりくねった坂道」とのこと

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2007年4月22日 (日)

アメリカ西海岸旅行記 25

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その4)
ケーブルカー博物館
宿の冷蔵庫におみやげチョコレートをしまい、ころんだ怪我の所に絆創膏を貼って、血がついた長袖をその部分だけ石けんで洗いハンガーにかけ、再出発。今度はケーブルカー博物館に行くので、混んでいようとケーブルカーに乗るのが便利なのだが、始発駅へ行くと待つこと必至なので、宿に近い停留所(始発駅の次)でトライしてみる。朝乗ったときは始発駅でほぼ満員になり、始発駅に近い停留所は通過していたが、今回はラッキーなことに数名分の空きがあり乗車できた。が、坂道に停車中に油断してつり革から手を離し、カバンにガイドブックをしまっていたら、急発進。バランスを崩してこけてしまった。よくこける日である。一山越えてチャイナタウンにはいると停留所に漢字の表記。博物館もここに近いので適当なところで下車。
0711煉瓦造りのケーブルカー博物館は、全路線のケーブルが集結している現役のコントロール拠点で、車庫でもあるらしい。入るなり大きな動輪がケーブルを動かしている様が見て取れる。ケーブルカーは3路線なのだが、ケーブルとしては4ルートあり、2路線はケーブル2ルートを使用していること(※1)や、発信・停止の仕組み(※2)など、興味深い内容。ケーブルカーといえば山の麓と頂上を結ぶ上り下り1本線のイメージ(※3)だったので、どうやって複数の路線を持てたり、交差したり、終点を共有できるのかという疑問が氷解しました。また歴史展示からは現在のものは一度廃止したケーブルカーを復活させたものということを知り、そのクラシカルなスタイルからずっとあったものだと思っていたので、ちょっとおどろいたのでした。

※1:言葉では書きにくいので地図で表現(まちがってたらごめんなさい)。言葉にしてみると起点を出発したケーブルカーは博物館(車庫)付近で一回ケーブルと車両の接続を切り、少し進んで博物館と終点を結ぶ別のケーブルと車両を接続するのです。
※2:1と理屈は同じなのですが、地中のケーブルは一定速度で動いており、車両はそのケーブルをつかむと(接続すると)進行し、はなすと(解除すると)停止する。ということで運転士のことをグリップマンというのだそう。
※3:この場合は山頂側に動輪があり、車両はそれぞれケーブルの両端に固定されてる。出発と到着はどうタイミングで、必ず中間地点ですれ違う。というやつです。

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2007年4月15日 (日)

アメリカ西海岸旅行記 24

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その3)
フィッシャーマンズワーフ歩き
アルカトラズ島から帰還してもうお昼近く。で、朝食を食べていないので隣接するピア39へ。ここは桟橋上に作られたショッピングセンターで多くの飲食店や物販店があり、当日もたくさんの人出にぎわっていた。マクドナルドがあれば国際比較を(※1)と思ったがなし。ショッピングゾーンを抜けて海に出ると、海上の台の上でアシカが大量に体を休めていた。ここの名物らしく写真撮影用の台も設置されていて多くの観光客がカメラを向けていたが、野生とはいえあまりに近くで大量にいるので微妙に興ざめ。とはいえ私も観光にきているわけで、ここにはもうこないかもしれないわけで。故にシャッターを切るのでした。結局再度ピア39の入り口近くにあったパン屋にはいると、サワドーブレッドのうつわにクラムチャウダーを入れるのが名物の有名店「ボーディン・サワドー・ベーカリー&カフェ」でした。もちろんそれを注文。うまい。パンは少し酸味がきついが、この旅行で一番の味かも(それも寂しいが)。器のパンは食べるのかなと一瞬考えたが、結局は切ったり、ちぎったり、かじったりして完食。スープのしみたパンはなかなか美味でした。
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次はゴールデンゲートブリッジを見るべく海岸沿いを歩く。ガイドにはユニオンスクエアから徒歩40分(※2)とあったので、ここなら30分くらいかなと思っていた…が、しばらく歩いた高台から遠くにかかるブリッジの展望を見て、そんなわけないだろうと確信。すっぱりあきらめて引き返しキラデリアスクエアでおみやげ用キラデリアチョコ購入。レジで会計をすると合計22$位だったが、レジの人が「25$購入するとおまけをつける」と言っているのが今ひとつ分からず、いらつかせてしまった。で、おみやげ用に2個買っていた9個入りのものを一個追加購入し、けっこう多いおまけチョコをもらった。
おみやげを持って観光するのも難儀だし、チョコなので冷やしておこう、ついでにこけたときのけがの手当もできるな、ということで宿に戻ろうとケーブルカー乗り場に行くと乗車待ちの長蛇の列。1〜2本落とせばという感じではなかったので、もう少し歩いてメトロFライン(※3)のヒストリックトラムでダウンタウンに戻る。乗ったのは元ミラノ市電でした。
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この記事の地図
※1:学生時代にマクドナルドで4年間バイトしてました。ということで訪問した国で飯のネタに困ると国際比較と称して行くのです。ご当地メニューがあったりしてけっこう楽しい。今回は本場なので大きさなど興味があったのですが、結局行きませんでした。
※2:地球の歩き方「アメリカ西海岸06〜07年版」P236に書いてました。
※3:ダウンタウンとフィッシャーマンズワーフを結ぶトラム。世界中から古い路面電車を集めて走らせているのもウリ。詳細はこのサイトにあるが、今よく見たら博物館があるじゃないですか。しまった。

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2007年3月21日 (水)

アメリカ西海岸旅行記 23

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その2)
アルカトラズ島
ケーブルカーを終点で降りた時点で予約したアルカトラズ島(※1)へのフェリー出発15分前(確か)、海岸沿いの通りに出てダッシュ。お店の並ぶアーケードを抜けると目的の埠頭、ピア41(※2)が見えてきた…と思ったら歩道の段差にひっかかって空中ダイブから右半身を下向きにダイナミックこけてしまった。幸い右手甲を少しすりむいただけだったが流血。ポケットに入れていた懐中時計もガラス面は傷つかずに済んだ。裏蓋は傷物になったが。しかし恥ずかしさに浸る状況ではなく、すぐさま復帰して走ってぎりぎりセーフ。間に合えばいいのだ。
07239:30発のフェリーは程なく出発。デッキに出て離れ行くサンフランシスコの街と近づくアルカトラズ島を写していたが、周りに小さな虫が沢山飛んでいて環境悪し。途中で切り上げてトイレへ行き、傷口の血を洗い流した。竹島桟橋とお台場くらいしか離れてなさそうな(※3)アルカトラズ島には15分ほどで到着。
フェリーを下りたところでツアー客全員に全般説明(よくわからなかった)が行われた後、オーディオツアーの人は坂を登って刑務所本館へ(というのはわかった)。島の一番高いところにある元刑務所に入り口で機器を受け取り内部へ。音声メニューに日本語もあるので理解しやすい。いきなり最初に「ブロードウェー」とよばれる牢屋地帯へ。一直線の狭い廊下の両サイドと縦3層に牢屋が並ぶ様は映画で見たのと全く同じに思った。ここが使われていたのかも。牢屋に隣接した食堂も映画で見たような空間だった。ガイドに言われるままに独房を見たり実際に牢屋に入ったりの施設見学、ここに収監された大物のや脱走劇などいくつかのエピソードを聞きながら館内を右往左往しながら歩き回り終了。45分といったところであろうか。映画という刷り込みがあるとはいえ「本物を見た」という実感と日本語ガイドにより、けっこうおもいしろかった。
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刑務所外に出てその周囲の島内にある勤務者と家族のための施設や発電所、受刑者の就労施設などの廃墟を見て歩く。桟橋に戻ると次のフェリーがさらに多くのツアー客を運んできていた。その折り返しのフェリーに乗り11:30頃本土に戻った。
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※1:サンフランシスコ湾内にある小さな島で、1934年から1963年まで29年間の間、連邦政府刑務所が置かれた。見学する際はツアーに申し込む必要がある。
※2:自分の行った直後(2006/9/25)に業者が変更になり、現在はピア33発着
※3:「歩き方」によると3km

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2007年3月 4日 (日)

アメリカ西海岸旅行記 22

2006年9月16日 土曜日 晴れ (8日目 サンフランシスコ その1)
ケーブルカー
7時頃起床。日記を書き8:30に出発。ケーブルカー乗り場へ行くと、すでにターンテーブルを取り囲むように乗車待ちの列になっていて、チケット売り場で1日券(※1)を購入して列に加わったが、結局1本目のパウエルーハイド線、2本目のパウエルーメイソン線と乗車できず、3本目のハイド線に乗車(※2)。はからずも一番前の展望席でラッキーではあるが、出発が結局8:50となり、終点までの所要時間25分とすると、9:30発を予約したアルカトラズ島行きフェリーがぎりぎりになったうえ、朝食抜きも決定(※3)。
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ケーブルカーは出発時からステップの立ち客が出るほどの満員なので、途中の停留所で待つ乗客はもちろん拾えず進む。前方に展開する風景を見ていると、シアトルも坂の街だったが、海岸から高台に向けて単純な上りだったのと比べ、サンフランシスコはあらゆる場所でアップダウンが激しく、頻繁にあり、なるほどケーブルカーがほしいよなと実感。またチャイナタウンのあたりでは停留所が漢字表記であったり、上下線が分かれて細い道に入ったり、変化に富んでいて退屈しない。ケーブルカーというと山の上と下を結び、中間地点で行き違うものしか知らない自分にとって、道路の上を走り、行き先が複数あって、停留所で自由に停車してと、どういう仕組みだか本当に不思議に思う。細い道を抜け、ハイドストリートに入りロシアンヒルを越えたら前方に海が見えてきて、イメージ通りの(※4)サンフランシスコ的景色だなと、シャッターを切る。ほどなく終点に到着した。
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※1:この券でSan Francisco Municipal Railway(略称:muni)運営のケーブルカー、バス、メトロが1日乗り放題。バートを除くほとんどの市内交通に乗れる。が、この券で地下鉄の自動改札をどう通ったらいいのか、わからず(ただの紙ぺらだった)じまいだった。
※2:地図を見てフェリー乗り場のフィッシャーマンズワーフに行くにはどちらの線の終点からでも同じくらいの距離に見えたので、乗れた方でいいやと思っていた。
※3:フェリー乗り場でチケットを購入後に、パンでも買って食えばいいやと思っていた。
※4:日本に帰還後、サンフランシスコのケーブルカーのイメージのかなりの部分が、カラオケで外国語の歌の時に流れる映像であることに気づいた。

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2007年2月28日 (水)

アメリカ西海岸旅行記 21

2006年9月15日 金曜日 晴れ (7日目 グランドキャニオン→サンフランシスコ その2)
アスレチックス対ホワイトソックス
Imgp1339サンフランシスコ空港から色々タイムロスを繰り返した結果、結局ホテル発は17時過ぎに。最寄りのパウエル・ストリート駅からバートに乗って湾を挟んで反対側のオークランドへ。約25分でコロシアム/オークランド・エアポート駅到着。球場(※1)へは歩道橋が直結しているが、金網で覆われているのは暴れ者対策なのだろうか・・などと考えつつ歩く。対戦相手が井口選手のいるホワイトソックス(※2)のためか、日本人の姿もちらほら。まあシアトルの比ではない。ちなみに私がアスレチックスを見に来たのは、以前GMのビリー・ビーンとアスレチックス(※3)のチーム編成方針について書かれた「マネーボール」という本を読んで興味を持ったため。相手に日本人がいなくても行きました。多分。
出発は遅くなったものの、試合開始は19時のようで丁度いい具合。今回はグランドキャニオンからの移動日だったので観戦が不可能になるおそれと、基本的に満員になることはないという確信から日本で予約せず、現地当日購入。チケット売り場でで座席はフィールドと希望すると、がたいのいい窓口の兄さんが「用意できるもっともよい座席」という右バッター後方付近(120区画)を示したのでOK。で、行ってみるとグランドにかなり近く、ネットにも邪魔されずいい感じ。そして記念兼「(井口でなく)アスレチックスの応援」証拠品としてBatting Practice Capを購入(※4)。夕食にチリドッグ&ビールを買って席に着くと国歌斉唱となった。で、周囲は熱狂的なファンがそろっていて、隣のおじさんはヤジがすごい。彼らからすると私のような異邦人がなぜこの席にいるのか興味があったのか、チケットをどこで買ったか聞かれたので、「ここ」と言ったら納得していた。たぶん。
試合は効果的にタイムリーの出たアスレチックスが4対2で勝利(※5)。時刻9:50で皆上機嫌で帰る。バートのホームは大混雑だったが、乗ってみるとたいしたことない。切符もあらかじめ買っておいたが、券売機も混雑しておらず、拍子抜け。日本のすさまじさにならされているのだなと思う。まあ多くの観客が車で帰るのだろう。
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※1:名称はマカフィーコロシアム。ウィルス対策ソフト大手のマカフィーが命名権を購入。以前はネットワークアソシエイツという会社名だったため、2005年以前は球場ももっと長い名前だった。また、球場はフットボールのオークランド・レイダースと共有のため、スタンドやグランドの形が野球場としては少し特殊。ということで将来さらに南のフリーモント付近に野球専用の球場を建設予定。すでにネットワーク機器大手のシスコシステムと契約を結び、シスコフィールドとなることが決定している。
※2:シカゴ・ホワイトソックス。井口選手が所属する2005年度ワールドチャンピオンチーム。
※3:オークランド・アスレチックス。オーナー資金が潤沢でなかったため、出塁率など他球団は当時重要視していなかったデータを駆使して「安くていい選手」を発掘してチームを編成した。総年俸が低いにもかかわらずコンスタントに上位に食い込む強豪チーム。以下知ってる情報をつらつら書こうとしたけど、Wikipediaに詳細があるので、興味のある方はこちらを。
※4:ごらんの通りチームキャラクターの象を用いたデザインで、今ひとつイケてないと思ったが、チームが公式に使用するモデルであることと、このタイプが自分の頭の形にあうころが購入の決め手になった。マリナーズのもの持っている。
※5:さすがに試合の詳細までは2月時点の今ではおぼえてません。

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2007年2月24日 (土)

アメリカ西海岸旅行記 20

2006年9月15日 金曜日 晴れ (7日目 グランドキャニオン→サンフランシスコ その1)
グランドキャニオンからサンフランシスコへ
6時頃起床。昨晩ほどではないが、ちょっと寒気がするので長袖+ジャージで朝食へ。朝食は巨大なベーグルとサラダ+オレンジジュースL。ベーグルがぱさぱさしてジュースなしでは飲み込めなかった。
8時チェックアウトしタクシーを呼んでもらう(※1)。やってきたのは国立公園のロゴのついた車とスタッフ。1人別のスタッフの送迎の後、公園のゲートを出て約6Km離れたトゥシヤンという町にある空港へ。車内ではドライバーのおばちゃんが「寒いね」「この後どこ行くの」などと話すので、いくつか言葉を返す。気温は晴れているにもかかわらず本当に寒い。来た日の暑さがウソのよう。夜にもう一度雨が降ったのか道路はまだ濡れていた。タクシーじゃないっぽいので一瞬タダかなと思ったが、しっかり$10かかった(※2)。チップを入れて$12支払った。
Imgp1336平屋建ての小さなターミナルでシーニック航空(※3)にチェックイン。バックだけでなく自分の体重も量らされた。なるほど小型機だからと納得したが、アメリカの巨大な人たちからすると、小太り男バック込みでも余裕だろうとふと思う。ベンチで本を読みながら搭乗を待つ。後から日本人の団体がやってきて、飛行機2台に吸い込まれて出発していった。そのせいか我が飛行機の搭乗が遅れる。団体の機密性の高そうな飛行機(会社も違うが)に比べ、こちらはナスカの地上絵を見る際に乗ったものを思い出す20人乗りくらいの小型機。風が強くなっており不安になる。椅子も背中までで乗り合いバスのよう。まあそうはいっても、そこは一応定期便ということで無事離陸。日本語ガイドもついており、イヤホンで聴きながら、大きな窓から周囲に広がる平地や湖を見つつ、退屈しないフライトだったが、強風による?上下の揺れとプロペラの排気のにおいが室内に漏れてくるので、少々気持ち悪くなった。一時間強で街が現れ、ラスベガス上空。整った区画の家々は高度が下がるとプール付きの家も多く見えるようになり、思わず感嘆。無事ノースラスベガス空港に到着した。
荷物を受け取り、すぐに航空会社が出すシャトルバスに乗って市街をはさんで反対側にあるマッカラン国際空港へ。道すがら黄金に輝く高層ホテルや、ジェットコースター、カジノやアミューズメントのサインに、ラスベガスを感じる。20〜30分で到着した空港はものすごい混雑。ここの自動チェックイン機は日本語が使えてシアトルより便利。荷物を預け、手荷物チェックへ。ここも大混雑。車いす用レーンに誘導されたらさらに遅くなってしまい、ゲートに着いたのは出発15分前で、係の人に心配されていた(※4)。自動チェックイン機で指定されなかった座席はプレミアムエコノミーにアップされていた(※5)。機内は満員。客室乗務員が「この飛行機はサンフランシスコ行きです。お乗り間違いの方はいませんか?」と明るく話し始め、車内は軽く笑いが起こる。格安航空会社のカジュアルさなのだろうか(※6)。道中は本を読んで過ごす。約1時間半のフライトで無事サンフランシスコ到着。
Imgp1338空港では搭乗も遅かったせいか?手荷物が全体の最後に出てきて少しタイムロス。バート(※7)に乗るためターミナルシャトルのレッドラインに乗ったら、逆回りで全ターミナルを見る羽目に。自分の間違いとはいえここでもロス。そしてバートの販売機。クレジットカードは$20の券しか買えないようなので、手持ちの$20札をつっこむが、$18以下の券が買えない。しばらく悩んでいたが、よく見ると$20は隣にある両替機で崩してから購入するのことがわかった。やっぱりロスしてホテルへ。ここのホテルは楽天トラベルで予約できるせいかチェックインの先客は日本人で、やはり利用は多いようだ。部屋の壁にも日本人が書いたらしい花の水彩が飾ってあった。ついでにここでも安ホテルの宿命でフロントは1人のため、先行家族のチェックイン待ちとなりタイムロスした。

※1:本当は自分でフロント横の電話から呼ぶのだが、不安だったので前夜フロントに行ってお願いしたら、翌朝チェックアウトの時にやってあげるということになった。
※2:「地球の歩き方」にビレッジ〜空港はタクシーで$10と書いてあった
※3:ラスベガスを拠点にグランドキャニオンなど国立公園へのフライトツアーを行っている。日本の事務所もある。自分も当初はここで宿泊ツアーを申し込んだ。現地でも予約再確認など日本語でできて安心。ただ少し高い?のは仕方なし。
※4:どうも手荷物チェック中に呼び出しをされていたくさい。アナウンスでどうも自分の名前(アキラ)っぽいのが聞こえるな・・と。
※5:座席はエコノミーと同じだが、前の座席との間隔が広く、足下に少し余裕がある。
※6:ユナイテッド航空系の格安航空会社、テッド航空の機材で運行されていた。確か。
※7:アメリカでは珍しい高速都市鉄道。Bart(Bay Area Rapid Transit)と書く。

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2007年2月21日 (水)

アメリカ西海岸旅行記 19

2006年9月14日 木曜日 晴れ一時雨 (6日目 グランドキャニオン その2)
ウエストリム
15時過ぎになってようやく、激しく降っていた雨もやんだようなので、夕日を見にウエストリムへ行くことに。外は日差しがない上に風があるので、長袖の上にジャージを着ているにもかかわらず、本気で寒い。
昨日は歩いてみたが、本日は素直にシャトルバスに乗る。こちらのバスはマイクロバスがトレーラーをひいている形で、トレーラーに乗るとエンジン音もなく動くので変な感じ。まずは行きしかバス停のないThe Abyss(なんて読むのか失念)、ピマポイントと途中下車しながらまわる。コロラド川の眺めがよい感じ。ではあるが寒くて震えながらの鑑賞なので10分間隔のバスでどんどん先へ。3カ所目はウエストリムの終点ハーミッツレスト。ただここは木々が邪魔なのとピマポイントとあまり印象が変わらないので、あらゆる展望ポイントの中ではじめて写真なしとなった。鑑賞もそこそこに売店に入りで風をしのいで暖をとる。
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折り返しのバスは、行きに下車したポイントを次々通過してモハーベポイントへ。下車してコロラド川と岩壁をカメラに押さえて、また次のバスでサンセットの名所ホピポイントへ。ここにきてようやく日差しも雲の隙間から復活していて何とか寒さもゆるまり、人々も続々と集まってきていた。景色を数枚カメラに納めてから、10分ほど歩いてパウエルポイントへ。ちょっと川に突き出た展望台から下をのぞき見ると、その高さにぞくっとする。そろそろ岩壁が夕日で赤く染まりつつあり、カメラに納めるが、やはり曇りなので岩全体が赤く染まることはなさそうと判断。再度歩いてホピポイントに戻ってからは岩肌の色変化ではなく、夕日そのものを鑑賞し、撮った。ほぼ沈んだ時点でバスに乗り帰還。
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夕食はハンバーガー+ミネストローネ+ビール。ハンバーガーにポテトなどの付け合わせがなく適量でした。部屋に戻った後、体の内部からの寒気が収まらないので、熱い風呂に入り冷え切った体を温める。どうもあまり体調がよろしくない。部屋は換気しにくく暑いのでジャージを着ていなかったが、この日は迷わず着て寝た。
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